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【なつぞら】のネタバレ最終週最終回まで!なつ(広瀬すず)と坂場(中川大志)の夢はあの「火垂るの墓」!

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物語は、広瀬すず演じるヒロイン・なつが北海道で過ごした十勝編が終わり、アニメーション制作の世界に飛び込む東京編がいよいよスタート。 この記事では、いくつかのキーワードとセリフを軸に、これまでの『なつぞら』を振り返っていきたい。 戦争で両親を亡くし、東京から北海道・十勝に移り住んだ少女・奥原なつが、自然の中で育まれた豊かな想像力と開拓者精神を生かし、当時は「漫画映画」と呼ばれていたアニメーションの世界にやがて飛び込んでいく、というあらすじだ。 十勝編では、なつの子供時代や、牧場で働きながら農業高校に通う姿を描いた。 十勝編の中心となるのは、たった1人で北海道に渡り、有力牧場主となった開拓者・柴田泰樹を長とする柴田家の人々。 家父長制的な一家の中で、主人公がやがて自らの意思を獲得して広い世界へ飛び出していくという王道の成長物語を軸に、のちの物語に影響していくであろう、創作や表現への感性を育んでいくなつの様子を描いている。 受け継がれていく開拓精神。 「行って、東京を耕してこい」 本作で最も重要なキーワードの1つが「開拓」だろう。 北海道・十勝の音問別(架空の地名で、モデルは音更町とされる)の柴田牧場で暮らすことになったなつ。 彼女に大きな影響を与える人物が、開拓者・柴田泰樹だ。 十勝編の序盤にあたる「第2週 なつよ、夢の扉を開け」には、十勝編を紐解くシーンが詰まっている。 第9話の亡き父が遺した家族の絵がなつの想像力によって動くシーンをはじめ、泰樹のバター作りの夢、そしてなつが学校でフライシャー兄弟のアニメ作品『ポパイ・アリババと40人の盗賊』を初めて観る場面などなど。 『ポパイ・アリババと40人の盗賊』は著作権切れのためパブリックドメインとなっている 泰樹が思い描く、なつを後継者とする牧場の未来と、なつが夢見るアニメーションの道。 どちらも未来を切り拓く道である。 なつは2つの「開拓」のどちらを選ぶのか。 それが十勝編のストーリーの核の1つだ。 十勝編の終盤、なつは泰樹に自らの夢を打ち明ける。 挑戦してみたいのさ。 じいちゃんが北海道に来て一人で開拓したみたいに。 私も挑戦したい。 さっきやっとわかったのさ。 私、じいちゃんみたいになりたかったんだって。 それが私には漫画映画を目指すことなのさ。 じいちゃんごめんなさい。 酪農を、じいちゃんを裏切っても私はやりたい。 (第42話) それに応じる泰樹は、「何が裏切りじゃ。 ふざけるな」と一喝しつつ、感情を押し殺しながら言う。 よく言った。 それでこそわしの孫じゃ。 行ってこい。 漫画か映画か知らんが、行って、東京を耕してこい。 開拓してこい。 成長したなつが自ら意思で進路を選び「開拓」のバトンが受け継がれることで、十勝編は幕を閉じる。 過去と現在の「開拓」が時代を越えて重ね合わせられ、物語は「東京を耕す」なつを描くステージへと移行する。 福地桃子が演じる柴田夕見子(左)は自由に生きる女性の社会進出を象徴する「もう1人のヒロイン」だ 「恐ろしい爆弾」も作れば、アニメも作る。 物語の背景から滲む「アメリカ」の影響 「開拓」といえば、アメリカの西部開拓時代を連想しないわけにはいかない。 第11話には、第2次世界大戦の戦勝国・アメリカについての印象深いセリフがある。 「漫画映画」を初めて観て、すっかり夢中になる子供時代のなつ。 天陽が「やっぱりアメリカの映画は進んでるな。 アメリカにはディズニーっていう漫画映画があるんだって。 それは凄いらしい」と知識を披露するのを受けて、戸次重幸演じる天陽の父・正治がぽつりとつぶやくのだ。 しかし、(アメリカは)恐ろしい爆弾も作れば、ああいうものも作るんだからな。 学校もすぐにアメリカ礼賛というのはどうなんだろうな。 さんざん鬼畜米英だと教育しておいて。 (第11話) 子供時代のなつを演じた粟野咲莉 第11話で『ポパイ』を観る子供時代のなつと、第33話でディズニー映画『ファンタジア』を観る高校生のなつ。 どちらも印象深い場面だが、後者は十勝編の中でも屈指の名シーンと言えるだろう。 輝くような「漫画映画」への喜びと憧れ、自分には作れないかもしれないという諦念と、何かに魅了された人の危うい雰囲気。 そして創作へ向かう決意。 牧場生活はあんなに平穏で、満たされて、将来が約束されているのに、なぜそれを捨ててしまうのだろう? そんな疑問への答えが、表情だけで説得力をもって表現されているのだ。 回想中の「アニメーションは動きが命なんだよ。 絵に命を吹き込むことなんだ」というセリフも印象的だ。 戦死した父の遺した絵に想像力で命を吹き込んだ幼い頃のなつ。 それを具現化するアニメーションという方法が、「恐ろしい爆弾」を作ったアメリカによってもたらされたということ。 なつという人物は、その宿命を引き受けざるを得なかったキャラクターでもある。 怒りが「新たな絶望を生まないために」。 孤独なクリエイターたちへのエール 「怒り」というキーワードにも注目したい。 戦争への怒り。 大事な人を失う怒り。 ままならない世界への怒り。 第8話で泰樹は、戦争で家族を失ったなつについて、こう語る。 怒りなんてものは、とっくに通り越してるよ。 怒る前にあの子は諦めとる。 諦めしかなかったんだ。 それしか生きる術がなかったんじゃ。 怒れる者はまだ幸せだ。 自分の幸せを守るために人は怒る。 今のあの子にはそれもない。 争いごとを嫌って、あの子は怒ることができなくなった。 あの子の望みはただ生きる場所を得ることじゃ。 第9話で「どうして私には家族がいないの」と泣くなつに、泰樹は「もっと怒れ。 怒ればいい」と呼びかける。 なつにとって、怒るのは諦めるのをやめることだ。 十勝編の終盤、第36話には、清原翔演じる柴田家の長男・照男となつを結婚させようと画策する泰樹に対して、きちんと怒ることができるようになったなつの成長が刻まれている。 怒ることができるようになったなつは、その感情をどのように扱うべきなのだろうか。 今後のストーリーに反響していくであろう場面が、第37話にある。 妻を空襲で亡くし、東京から十勝の森に移り住んだ阿川弥市郎と出会うシーンだ。 木彫りのクマなどを作ってひっそりと暮らす弥市郎に、なつは「おじさんは戦争を恨んでますか?」と問う。 それに「もちろん今も恨んでる。 思い出すたび、怒りがこみ上げてくる。 助けてやれんかった自分への怒りもな」と答える弥市郎。 さらになつは問う、「どうしたらいいんですか? そういう、怒りや悲しみは、どうしたら消えるんですか?」。 弥市郎は答える。 自分の魂と向き合うしかない。 消さずにそれを込めるんだ。 そういう怒りや悲しみから、新たな絶望を生まないために、俺はこうやって、この木の中に閉じ込めてる。 それを自分の魂に変えるのさ。 倉田先生だってきっとそうだ。 平和を祈って、魂込めてああいう芝居を作ったんだ。 (第37話) 柄本佑演じる農業高校の演劇部顧問・倉田先生は自ら脚本を手掛けた演劇の稽古中、部員たちに向けてこう語る。 登場人物の気持ちや魂なんてものはどこにもないんだ。 これはただの台本だ。 俺の魂は入っているが、役の気持ちや魂なんてものは存在しない。 それは、これを読んだお前ら1人1人の中にしか存在しないんだ。 (中略)つまり、これを演じるためには、自分の気持ちや、自分の魂を使って演じるしかないんだ。 (第22話) アニメの語源がラテン語で魂を意味する「アニマ」であることはよく知られているが、今後のなつにとって、アニメーションが「絵に命を吹き込む」方法であるのと同時に、「自分の魂と向き合う」方法にもなるのだろう。 なつの創作への案内人であり、哲学的なセリフを時折つぶやく天陽は、なつとの別れの間際にこう言う。 何もないキャンバスは広すぎて、そこに向かっていると自分の無力ばかり感じる。 けど、そこで生きている自分の価値は、他のどんな価値にも流されない。 なっちゃんも道に迷ったときは自分のキャンバスだけに向かえばいい。 そしたら、どこにいたって俺となっちゃんは、何もない、広いキャンバスの中でつながっていられる。 頑張れ。 頑張ってこい、なっちゃん。 (第42話) 「ようこそ、文化の開拓者の街へ」 個性的なキャストが彩る東京編が開幕 今週から始まった東京編の主な舞台は、1956年の東京。 岡田将生演じる実の兄・奥原咲太郎をはじめ、山田裕貴演じる雪次郎、工藤阿須加演じる佐々岡、比嘉愛未演じる川村屋のマダム、近藤芳正演じる川村屋の野上、山口智子演じるおでん屋の女将・亜矢美、戸田恵子演じる歌手・煙カスミ、リリー・フランキー演じる書店・角筈屋の茂木といった個性的な顔ぶれが登場する。 幸次郎となつが働く新宿の川村屋は、東京編におけるなつの拠点になりそうな場所だ。 この川村屋は新宿中村屋をモデルにしていると思われるが、その中村屋には実際に芸術家やクリエイターたちが集まり、「中村屋サロン」と呼ばれる場を形成していた(新宿には中村屋サロン美術館という美術館が現存する)。 劇中、なつを新宿に迎えたマダムはこう語りかける。 この新宿もある意味、北海道と同じように開拓者が集まる所なのよ。 文化の開拓者。 あなたのように、新しいことに挑戦したいという若い人たちがこれからどんどん集まってくると思うわ。 この川村屋もそんな新宿でありたいと思っている。 ここからあなたも頑張りなさい。 ようこそ、開拓者の街へ。 (第44話) なつがどのように自らの「怒り」や「魂」と向き合い、アニメーションの世界を「開拓」していくのか。 演劇やショーの世界に生きる実の兄・咲太郎が、なつにどのような影響を与えていくのか。 今後の『なつぞら』も楽しみだ。

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2019年度前期 連続テレビ小説「なつぞら」キャスト発表!

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なつぞら 異変 「半分、青い」並の駄作との声 理由は脚本と広瀬すずの演技の相乗効果?…内容 今回の異変について書かれた記事はこちらです。 記念すべき100作目の朝ドラとして4月1日にスタートした『なつぞら』。 第1週に平均視聴率22%超を記録して以降、「北海道・十勝編」が放送された第7週(5月18日)までは高水準を続けていましたが、「東京・新宿編」がはじまった第8週以降、雲行きが怪しくなっているのです。 平均視聴率の推移を振り返ると、第1~4週は22%台と最高のスタートを切ったあと、第5週は20. 7%と大幅ダウン(その理由は後述します)。 第6週に21. 3%と持ち直しましたが、第7週が22. 1%、第8週が21. 6%、第9週が20. 8%と右肩下がりで、第10週も20%台に留まることが濃厚。 さらにネット上のコメントを見ても、それまでの称賛一色から一転して、「面白くなくなった」「ずっと十勝でよかった」などの否定的な声が増えているのです。 視聴率が下がり、否定的な声が増えている主な理由は、「物語の舞台が北海道から東京に変わり、同時に登場人物がガラッと変わった」から。 これまでの舞台と登場人物に愛着を持つ人の多さが、皮肉にも現在のピンチを招いているようです。 視聴者に新たなメンバーへの愛着が生まれるまでの間は、苦戦が続くのかもしれません。 もちろん制作サイドも無策だったのではなく、第5週の段階で、なつ(広瀬すず)を上京させて、「東京・新宿編」「アニメーション編」の登場人物をひと通り見せました。 これは「いきなりガラッと変えるのではなく、視聴者に予告編のように見せておくことで違和感を防ぎ、期待感を高めよう」という狙いでしたが、「北海道・十勝編」への愛着が深かったせいか、あまり効果がないようなのです。 「北海道・十勝編」の中でも、なつが上京した第5週が最も低い20. 7%に留まり、初の10%台を2度も記録したことからも、視聴者が何を望んでいるかは歴然。 あらためて振り返ると「北海道・十勝編」は、家族を中心にした温かい人間模様と、豊かな自然をフィーチャーしていました。 対して、「東京・新宿編」「アニメーション編」は、なつがアニメーターを目指すシーンばかりになり、作品そのものがガラッと変わった感があります。 また、リアルタイムで朝ドラを見る視聴者層と相性が悪そうなのは、なつがとんとん拍子で夢を実現させていくこと。 上京してわずか半年間で希望の会社「東洋動画」に入社し、セル画に色を塗る仕上課に配属されたと思ったら、アッと言う間に希望の作画課に入るチャンスを得るなど、実に恵まれているのです。 「ほとんど出なくなった人気キャラたちをどう扱うか」が直近の課題であるとともに、今後は「『東京・新宿編』『アニメーション編』の登場人物たちをいかに魅力的なキャラにしていくか」が鍵を握っているのです。 ただ、現在のように視聴率が下がり、否定的な声が増えているのは、「北海道・十勝編」の出来がよかったからであり、その反動にほかなりません。 「いろいろ言いたくなるけど、けっきょく見たくなる」「毎日見ているうちにヒロインをはじめ、多くのキャラを好きになっている」という朝ドラの醍醐味が失われない限り、これ以上のピンチにはならないような気がします。 (一部を抜粋) 第1~4週は22%台と好スタートを切った「なつぞら」ですが、 第5週は20. 7%、第6週に21. 3%と若干上がったものの、 第7週が22. 1%、第8週が21. 6%、第9週が20. 8%とどんどん下がってきていることがわかります。 このニュースの中で解説されているのは、主に以下の3つです。 新たな場面・登場人物に愛着が持てない• 主人公「なつ」が、あまりにも簡単に夢を叶える• 北海道編の登場人物が出てこなくなった 確かに、言えてるかもしれません…。 そもそも、脚本自体に問題がある気がします。 話のテンポが早く、なつの意志が感じられないままアニメーターを 目指すこととなったり、 なつの努力が対してないにも関わらず、周囲がお膳立てしてくれる辺り、 視聴者はあまり感情移入できないのではないでしょうか。 広瀬すずさんの立ったキャラクターも、 少女が成長していく物語にはあまり合っていないような気もします…。 ここで、ネット上の意見も見ていきましょう。 なつぞら 異変 「半分、青い」並の駄作との声 理由は脚本と広瀬すずの演技の相乗効果?…世間の反応 確かに東京編になってイマイチ面白くない。 アニメーターになりたい、っていう抑えようのない衝動とか情熱が全く伝わってこない。 普通はそういうヒロインの情熱が周りを動かすんだろうけど、その前に周りがヒロインを導いてくれる。 ヒロインはそれに乗っかていくだけ。 これは広瀬すずの演技だけでなく脚本に問題がある。 あと、あまりに簡単に兄が見つかり過ぎた。 アニメーターを目指しながら休日に兄や妹を探し廻る、みたいな設定の方が良かったんじゃないのかな。 兄が見つかったのだって、自分の足で探したというより、ノブ君とかが色々セッティングしてくれたお陰でしょ。 子役から広瀬に変わって、急にヒロインがあまり努力しない子になってるんだよね。 十勝編のあのゆったりした素朴感と、家族のあり方みたいな懐かしさ。 突然東京編であかぬけた都会感、ついていけません。 十勝編の朝からもらい泣きして「いってきまーす」と通勤のひとときの感動・・!今はもうあさのひとときはありません。 ざんねんです。 朝の連ドラにはやっぱり元気を貰いたい。 脚本、ヒロインの演技共にイマイチかな… ここ10年の朝ドラで一番元気を貰えたのは「あまちゃん」でした。 ヒロインだけじゃなく登場人物のキャラ設定がとても分かりやすく 楽しかったです。 広瀬すず、もう少し演技力あると思っていたんだけど、どういう状況でも同じ表情だし、現代っ子っぽく何があってもそれほど驚くことがないね。 時代的に、すべてのことが新鮮で、だからこそ表情も豊かだったんじゃないかなと思うんだけど。 なつが優遇され過ぎ恵まれ過ぎトントン拍子で全く共感できない。 北海道以降苦労もしてないから深みがない。 脚本がつまらないに尽きる。 ついに2倍速で見るようになった。 もっとアニメ制作黎明期の面白さ大変さにフォーカスすれば? 十勝編は必ず録画をして見ていましたが、東京編になってからは、見られる時だけ見ればいいわ、くらいのレベルになりました。 何話か見なくても平気なくらい面白くない。 100作記念とは思えない駄作になりつつあります。 まんぷくが100作目なら良かったですね。 岡田将生演じる咲太郎に全く魅力が無いんだもん。 せっかく再開できたお兄ちゃんが主人公の足かせになっているのは見てて面白くない。 朝ドラは現実味よりファンタジーでいいんだよ。 十勝が舞台の時は一つ一つのエピソードがちゃんと書かれてたけど東京編は行き当たりばったりな印象。 北海道の自然や家族愛が良かった。 東京編ってこれまでの朝ドラでも必ず出てくるけど、演出がわざとらしくて空々しいんだよね。 最近のドラマはダラダラと成り行きを全部説明してしまうから余計にどーでもいい不要な回が増えてる。 再放送してる『おしん』みたいに、不要な部分はすっ飛ばして、いきなり数年後とかのほうがテンポもいい。 そして、同じ人を使い続けず、主人公の年齢に応じて女優を変えて欲しい。 あと、ちゃんと新人をオーディションで登用して欲しい。 タレントじゃ無くて、本当に俳優一本で仕事している本当のプロだけを使って欲しい。 ヒロインに魅力が無い。 職業差別かの様に下に見て批判したり、登場キャラに突っ込まれていた通り仕事しに来てなんだそのバッチリおしゃれ、だし。 おまけに肝心のあれだけお世話になった北海道の地から離れてアニメーターになる!っていう流れが唐突というか、そこまで強い意志を表現しきれていないというか。 記事にある通り色々トントン拍子過ぎてヒロイン頑張れ!みたいな朝ドラにある応援したくなるヒロインでもないし。 百歩譲ってモデルがいるなら「事実元にしてるから仕方無いよね」となったかもしれないが、オリジナルだから余計に脚本どうにかならなかったのかよ、と思ってしまう。 放送前からアニメーターになると発表されていたので、北海道編も正直言って子役時代を除いて話自体も面白くなかった。 爺ちゃんの存在感とか、部分的には面白く観られたところはあるけど。 やはり最大の問題は、酪農捨ててまでアニメーターになりたい、という動機の部分が余りにも弱いところだと思う。 なつが衣食住困らなさ過ぎ。 会社の人もいい人だし。 せめて洋服だけは不自由して初月給でいい服買って欲しかったww 確かに東京編になってつまらない。 とにかくこれまでの違和感が噴出している感じがある。 え?そこ?って登場人物が急にキレモードに入ったり 戦災孤児のくだり必要だったか?と思ったり。 脚本もだけど演出がダメだな。 — どーすっかね something1899 同じ役者さんでも、その役者さんがどんだけすんばらしい演技ができる人でも。 いかに脚本、演出等々が大切なのか、役者さんが生きるためには作品に関わる人と心構えが大切だと。 NHKさんは自ら教えてくれています。 — 柴犬みかん mmmmikannnchan いよいよ、脚本がひとつの作品として練り上げられていない気配。 バラバラの出来事がなんとなく配置され、なんとなく接続されているだけだから、みている方はなんとも言えない。 素人が作ったというよりも、制作工程においてきちんとつくられていないという印象。 どうしてこうなった? 🤔 — つくよみ shoshitsukuyomi なつさんはさ、北海道ではかなり積極的に家事手伝いをしていた設定なんだから、自分がご飯食べないでいたら片付かなくて亜矢美さんに迷惑かかるかな〜とか、休みの日は私が色々やります!!みたいな気遣いを見せてほしいのよ… 家事やった事がない人が脚本書いてんだなぁという印象。 これ脚本家の作品調べたら色々納得。 少なくともほのぼの系書く人ではないよ。 — 雀 0818n1113k なつぞらって・・・・見る気さえなくすほど脚本もつまらなくて色んな人にイライラする。 ボコボコに批判されちゃってますね…。 やはり、脚本と、広瀬すずさんの演技への意見が多かったです。 なつぞら 異変 「半分、青い」並の駄作との声 理由は脚本と広瀬すずの演技の相乗効果?…まとめ 当ブログでは、視聴率低下の大きな要因は、脚本と広瀬すずさんはじめ 役者さんの演技ではないかという結論に至りました。 まだ東京編も始まったばかりですし、うまく方向修正して 面白くなっていってほしいですね!.

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『なつぞら』大原櫻子の初登場で“天陽ショック”の激震再び なつの心境はいかに?|Real Sound|リアルサウンド 映画部

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NHKで放送中の連続テレビ小説『なつぞら』(月〜土 前8:00 総合ほか)の第56回(4日放送)に、落語家のがサプライズ出演した。 演じる亜矢美が営むおでん屋の客として一瞬登場し、演じる咲太郎のことが話題になったとこで、「落語なんかやらねぇかな、と思ってんだよ」とぼやいていた。 昨年10月期に総合テレビで放送された、ドラマ10『昭和元禄落語心中』で落語家を演じていた岡田を想起させるせりふ。 『昭和元禄落語心中』で岡田に落語の熱血指導をしたのが喬太郎師匠という縁を生かしたサプライズとなった。 喬太郎師匠は『ちゅらさん』の続編『ちゅらさん4』に出演。 昨年前期『半分、青い。 』でヒロイン・鈴愛の初デートの相手「こばやん」(新聞部の小林くん=森優作)が聞いている落語の声も担当しているが、連続テレビ小説の「本編に姿を現しての出演は今回が初めて」(喬太郎)。 「どこか気恥ずかしいような、こそばゆいようなうれしさがあります」とコメントを寄せた喬太郎師匠。 咲太郎に対して「落語なんかやらねぇかな」というせりふについて、「アドリブではなく、こういった内容を話すお客さんの役、ということで出演のオファーをいただきました。 昨年放送された岡田さん主演の『昭和元禄落語心中』の監修がなければ今回の出演もなかったと思うので、このような形でご縁が繋がってうれしいです」と裏事情を明かしている。

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