チャド ダラバ。 ダラバ

《その国を知るには料理から!》世界各国・300地域の家庭料理と伝統料理のレシピを網羅した、国ごとの食文化や歴史、宗教がわかる料理事典。|株式会社誠文堂新光社のプレスリリース

チャド ダラバ

ねばねばしたオクラ・ソースのシチュー 旧フランス領のチャドは、サハラ砂漠の南に位置し、北部は砂漠、中~南部はチャド湖を中心した湿地帯の広がり農業が行われている国です。 中心となるチャド盆地には、9世紀頃にを礎にしていたカネム王国が建国されました。 南方から入手した象牙や奴隷などを主に輸出していたといいます。 食料の自給自足を訴えて主要な食材を描いたチャドの切手(発行年不明)。 ダラバはオクラ・ソース(ソース・ゴンボ)のことで、シチュー仕立てにして食べます。 昨年NHKで放送されたドラマ「夢食堂の料理人~1964東京オリンピック選手村物語」には、このダラバのエピソードが登場しました(e-food. jpも制作協力させていただきました)。 オクラ・ソースは旧仏領以外の西アフリカでも広く食べられており、同様の料理を同じ仏領アフリカだったコートジボワールではコペ、セネガルではスープカンジャ、他にギニアビサウではタコウ、ナイジェリアやガーナではオクラ・シチューなどとも呼ばれます。 地域によってさまざまなバリエーションがありますが、これが奴隷とともに北米に渡り、仏領だったアメリカ・ルイジアナ州のクレオール料理やカリブのの源流のひとつになります。 原産地アフリカでは、オクラは現地語でゴンボ、ギンゴンボ、カンジャ、カンダなどと呼ばれています。 オクラはその名もトロロアオイ属の植物で、アフリカでは葉も食用にします。 オクラの実をねばねばしたペースト状にしてシチュー(スープ)の具を混ぜる調理法は、エジプトで古代より常食されている北アフリカ原産のモロヘイヤのスープ(日本ではスープ扱いだが、本国ではしばしばソースとされる)にも通じるものがあります。 オクラのことをアラビア語でバーミヤといいますが、サハラ交易やイスラム教の伝播を通じてエジプトとチャドの間で食文化の交流があったのかもしれない…などと想像すると胸熱です(笑)。 ともあれ、モロヘイヤもオクラも、アフリカの過酷な暑さを元気に乗り切るための栄養をたっぷり備えた重要な食材だったのでしょう。 なお、生のオクラを使うとグリーンに、現地で売っている乾燥オクラ(溶かして使える便利な粉末もある)を使うと茶色っぽいダラバになります。 また肉か魚かによって調味料が違ったり、スパイスを加えたりなどバリエーションもいろいろある様子。 主食は南部ではフフ(キャッサバやプランテーンの粉を練った固がゆ)。 以下は定番のシンプルな牛肉入りダラバのレシピです。 ・とうがらし粉 少々 ・しょうゆ 大さじ1 ・植物油 大さじ3 ・塩 少々 ・こしょう 少々 ・赤とうがらし 飾り用.

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チャド ダラバ

初回放送日:2019年7月23日(火)19:30~20:42• 再放送予定:2019年7月28日(日)16時40分~ 90分版がNHK BS4Kで2019年8月3日の19:30~20:52に放送予定• 放送局:NHK総合• 作:鈴木 聡• 音楽:川村竜• 語り:小堺一機• 制作統括:髙橋 練(NHK)、小松昌代(NHKエンタープライズ)、渡邉浩仁(AX-ON)、本多繁勝(AX-ON)• 演出:柳川 強(NHKエンタープライズ)• 坂田三郎(高良健吾) 秋田の洋食屋「好味軒」の料理人。 秋田代表として派遣。 島田恵子(松本穂香) 選手村理髪店の理髪師。 山田和雄(宮舘涼太) 帝国ホテルから派遣された料理人。 高木弘(渋谷謙人) 鹿児島代表として派遣された料理人。 杉浦徹(小平大智) 高知代表として派遣された料理人。 多田(迫田孝也) 料理人。 カディナ(マックス) チャド代表の陸上選手。 道子(岸井ゆきの) 三郎の幼馴染。 野島芳江(須藤理彩) 選手村管理事務所のサービス員。 裁縫やアイロンかけなど選手たちの日常生活を手助けし、「オリンピックママ」と称される。 太丸徹二(徳光和夫) 日本ホテル協会会長。 村山信一(市川猿之助) 選手村内「富士食堂」の料理長。 【夢食堂の料理人】のあらすじ アジア初のオリンピック開催に日本中が沸くなか、大きな問題は世界の国々からやってくる選手たちの食事。 選手団の総数は約7000人。 当時の日本では未知の数字です。 信用ゼロ、経験ゼロの挑戦がこの時始まりました。 選手村食堂に全国から集められたのは300人の料理人。 彼らは西洋料理のみならずアジア、中南米、アフリカなどの見たこともない各国の料理と格闘。 さらに、選手たちに安全な食事を提供するという使命のもと、その技術と工夫と精神は若き料理人を変えていきました。 料理人たちの情熱と、選手村での国を越えた交流を通して、日本人の誇るおもてなしの原点を描きます。 公式HPより 【夢食堂の料理人】のネタバレ• 93カ国7000人が参加するオリンピックの選手村で、料理を作る人手を補うため、 各都道府県から2人ずつ選出してもらうことになる。 秋田県から推薦された三郎は、同じ地方から来た高木と杉浦や山田と仲良くなる。 しかし自分が良いと思う料理を作るのではなく、いわれたとおりに作ることがつまらない。 ぞくぞくと選手が来日するようになり、調理場は朝から晩まで立ちっぱなしの忙しさだった。 そんな時、 水道から水が出なくなってしまう。 理由は沢山の人が水を使ったことで、水圧が下がったからだった。 トイレのつまりを直すために三郎と高木や各国の人たちで、 バケツリレーをすることで解決する。 しかし、調理服のまま参加したことが不衛生だと、多田に料理人としての自覚がないと怒られる。 バケツリレーの一件で知り合った理髪店の恵子と芳江に出会う。 芳江は現在の国立競技場がかつて学徒出陣に使用されたことを思い出し、今は平和の祭典である オリンピックで使用されるということが感慨深かった。 オリンピックが始まると選手たちの料理の注文が細かくなる。 昨日は美味いと言っていたものが、今日はまずいというのが不思議に思っていた三郎に、村山が選手は沢山汗を流しているから塩を多めにするといいとアドバイスしてくれる。 三郎にはわからなかったが、村山は衛生のために火を通すのが、ご馳走だという文化もあるんじゃないかと教えてくれた。 三郎は自分が美味しいと思ったものを食べさせたいと思っていたが、 食べる人の体や文化を考えることが大切だと気づいた。 一方恵子は同じオリンピック村の理髪店で働いているが、女性の理髪師が海外ではあまりいないせいか、席にすらついてもらえなかった。 しかし、三郎の話を聞いて勇気付けられる。 柔道金メダル候補というオランダのヒディング選手が恵子の席についた。 恵子は髭を剃り終えると、ヒディングは「この人は上手です」とその場にいる他の国々の人に言ってくれた。 その頃食堂では ウェルダンが倒れてしまう。 食中毒ではないかと慌てた三郎は、急いで医務室に連れていく。 すると食べすぎが原因だとわかって一安心した。 ウェルダンの名前はカディナといい、チャドがフランスから独立して初のオリンピックのため、国の期待を一身に背負って来たことがわかる。 しかし、どんな料理なのかわからない三郎たちは悩む。 こないだ髭を剃ったヒディング選手が金メダルを獲得し、恵子にメダルをわざわざ見せに来てくれた。 恵子はその気持ちが嬉しく、三郎にもその話を教えた。 三郎の話を聞いて頑張れたのだから、ダラバを作るのも頑張ってと恵子は励ます。 夜に三郎たちは集まって故郷の名産が届いたので食べていた。 自分たちが故郷の味を食べて一人じゃないと思えるように、カディナもきっと同じ気持ちだと考え、 なんとしてでもダラバを作ろうと決心する。 チャドの選手団の人にダラバの聞き込みをし、試行錯誤しながらなんとか作り上げた。 ティラピアは日本にはいない魚だが、村山に相談したところ マダイで代用できるかもしれないという。 三郎はマダイを使ってもう一度カディナに食べさせると、これは故郷の自分の家の味だととても喜んでくれた。 カディナはその後、準決勝に進むが敗退してしまう。 意気消沈していると思われたカディナだったが、予選より0. 2秒早かったと自分の力を出し切ったことでチャドへ胸を張って帰るという。 折り紙で作った金メダルを三郎の首にかけてやり、つたない日本語で「美味しかった。 ダラバ勇気出た、ありがとう」とカディナは感謝を伝えた。 それぞれが故郷に戻る時、お互い目標を言って別れる。 秋田へ戻った三郎は、一回り大きくなって帰って来た。 その厨房の片隅にはカディナのくれた金メダルがかかっていた。 【夢食堂の料理人】の感想 1964年という時代がいわゆる高度経済成長期なため、 出てくる人たちがみんな輝いています。 頑張れば頑張っただけ報われる、そういう時代背景の良い部分が描かれています。 物語の展開もサクサク進んでいき、恋愛要素があるのかと思いきや、一期一会の爽やかな関係性でした。 意地悪をしてくる悪役のような人物もなく、成長を温かく見守ってくれる料理長や、各地方から選ばれて来た若い料理人たちが協力して、物事を解決していくのも面白かったです。 【夢食堂の料理人】のモデルとなった人物 さすがに全部架空というわけにも行かない話ですので、元になった人物が何人かいます。 判明した範囲でご紹介します。 村山信一:村上信夫氏 後の帝国ホテル総料理長である村上信夫氏がモデルとなっています。 この富士食堂は日本、アジア、中東の選手団向けの食堂だったらしく、ドラマではアメリカやイタリアの選手なども来てステーキを食べてましたが、実際はそうではなかったのかもしれません。 大使館を訪ね駐在員の奥様に聞いて料理のレシピを作ったというのも本当で、作り方がわかっても食材を入手するのが大変だったようです。 食材の量が必要なため生鮮食品だけではまかないきれず、ニチレイと冷凍技術の開発をし、ドラマの冒頭で紹介していた自慢の冷凍庫がこれに当たります。 カディナ:Ahmed Issa選手 チャドの代表選手は当時2人来日し、800mに参加したのはIssa選手となります。 21歳で参加し実際の結果も準決勝敗退でした。 また、1968年に開催されたメキシコシティーオリンピックにもチャド代表で参加しました。 その時は800mと1500mに参加したようです。 800mでは予選敗退し、1500mで準決勝敗退でした。 公式スタッフブログのほうでは、彼は内戦に巻き込まれ数奇な運命をたどったと書かれています。 Issa選手は没年が1983年となっていて、生まれが1943年なので40歳で亡くなられたことになります。 チャドは1965年から1989年にかけて内戦だったようなので、内戦前の1964年に東京オリンピックに参加し、内戦中の1968年になんとかメキシコシティーオリンピックに参加したことになります。 チャドという国はどういう国か?詳細はこちらで確認できます。 ヒディング選手:アントン・ヘーシンク選手 恵子が髭を剃っていたヒディング選手はヘーシンク選手です。 実際も無差別級の決勝で、日本代表神永昭夫選手を破っての金メダルを獲得しました。 当時このヘーシング選手が勝ったことは、柔道がお家芸である日本では衝撃となり試合後の武道館は静まり返ったそうです。 しかし、この時ヘーシング選手が勝ったことにより、柔道は世界に広まったという部分もあったようです。 その後、1973年にプロレスデビューをして全日本プロレスに参加します。 1978年に引退した後は指導者として様々な活動をし、カラー柔道着の導入を実現させたりしました。 鍋の玉ねぎが十分煮えたら、その他の具材、塩を加え全体を混ぜる。 その後、オクラを入れ、よく火を通す。 同時にティラピア(マダイ)を切り身にしていためる。 いためた切り身を鍋に加え、ピーナツバターも加える。 最後に、とろみと味を調節していく。 ポイント フフという主食は本来雑穀で作るが、今回はご飯をすりつぶすことによって代用する。 ティラピアの代用としてマダイを使用する。 頭はよく火を通し、皿にそえる。 よく火を通し、ねばりがしっかり出ることを確認する。 塩気が強くならないよう注意する。 塩気が強くなりすぎてはダメらしく、 「アフリカの優しい自然の味なんだ」と三郎もドラマ内で言ってました。 この料理を登場させるのに苦労した裏話など、ドラマを見た人なら楽しめる話がスタッフブログに書いてあります。 目玉焼きの種類 目玉焼きだけでも実は何種類もあり、さらに黄身の硬さにまで名前がついていました。 どんなものがあるか調べてみました• サニーサイドアップ(sunny-side up)片面だけ焼く。 固焼きにする場合は、少量の水を入れて蒸し焼きにするといい。 ターンオーバー(turn over)両面を焼く。 両面を焼くためハンバーガーやサンドウィッチの具に向いている。 オーバー・イージー(over easy):白身がやわらかく黄身もほとんど液状。 オーストラリアなどはサニーサイドダウンと呼ぶ。 オーバー・ミディアム(over medium):黄身は半熟• オーバー・ハード(over hard):黄身まで固焼き。 オーバー・ウェルともいう。 ベイステッドエッグ(basted egg)少量の水を加えて蓋をし、蒸し焼きにする。 目玉焼き一つとってもこだわりがあったりするあたり、当時の日本人には驚きだったかもしれません。 個人個人の好みに合わせて提供することの大切さを知った、三郎の成長を感じられるシーンでした。 ステーキの焼き方の種類 ミスターウェルダンなんていわれていたカディナですが、人それぞれ好みが焼き方にあるようで、ドラマ内でも大変そうでした。 どんな焼き方の種類があるのでしょう?• ロー(raw)生の状態です。 ブルーレア(blue rare)ブルーよりは焼きますが、中は殆ど焼けてません。 レア(rare)肉の周りは焼けていますが、中心は生の状態。 ミディアムレア(medium rare)レアよりも火は通しますが、中心はまだ生です。 ミディアム(medium)切ると肉汁が出る、まだ赤い部分がある状態です。 ミディアムウェル(medium well)焼けた部分が多くなり、生の部分はありません。 ウェル(well)ミディアムウェルよりもピンク色が少ないです。 ウェルダン(well done)ピンク色も殆どなく、全体的によく焼けています。 ベリーウェルダン(very well done)ウェルダンをもっと焼き、肉汁は全く出ません。 ドラマ内では衛生状態があまりよくない国の人は、よく焼けているのがご馳走と思うかもしれないと言っていました。 寄生虫や細菌がいる可能性もあるので、確かに衛生状態や品質が保証されない場合は、ベリーウェルダンにしたほうが安全です。 また、ステーキは当時の日本人は食べたこともない、なんて人もいたようでドラマ内でも言っていました。 オリンピック選手村について ドラマ内でもいっていましたが、現在の代々木公園あたりにありました。 米軍の居住地を利用した施設だったので、海外から来た人は住みやすかったようです。 元は明治神宮外苑競技場• 戦中は学徒出陣の壮行会に使用された• 終戦後、アメリカ軍に接収される• 1956年に文部省に譲渡• 1958年に国立霞ヶ丘陸上競技場が完成 オリンピックが1964年に開催されるので、6年前に完成したということです。 今回のオリンピックではまだ競技場は完成していないようですが、間に合うのか?きっとなんとかするのでしょう。 学徒出陣を見ていた当時の女学生だった芳江は、この当時のことを振り返り語ります。 戦争が終わり平和の象徴でもあるオリンピックをこの場で開催することに、一際感慨深いものがあったのだろうと思います。 この時、東条さんがというセリフは時の首相である東条英機を指しています。 【夢食堂の料理人】のその他気になったこと• 鹿児島弁を英語だと思っている三郎• 英語わかるのか?と聞かれフランス語ですと答える山田• バケツリレーは途中で結構零れている• ヒディングが大きくて後ろから前掛けができない恵子• 気づいたヒディングが体をずらしてくれる気遣い• カディナの握手はすごく痛い• 山田は実は愛知出身だった• 三郎の夢は現実的 【夢食堂の料理人】のロケ地 ドラマでアメリカ式の住宅の数々が使われています。 住宅は福生市にも沢山あるのですが点在しているので、まとめてある入間市をご紹介します。 ジョンソンタウン 横田基地も入間基地も年に一回、お祭りの時に中に入れます。 入間はブルーインパルスの曲芸飛行が見れますし、横田基地はアメリカのなんだかよくわからない食べ物とか食べれたり、米軍の飛行機とかが見れます。 どちらも行ったことありますが面白いです。 【夢食堂の料理人】のまとめ 話としては若者が料理を通して成長していく話で、見ていて嫌な気分にもならない爽やかなドラマです。 時折当時の映像が入り、現在との時代を比べてみるのも面白いです。 言葉がその地方の言葉をそのまま話すので、聞き取りづらかったりする部分もあったりしますが、各地から若者が集められているという臨場感があっていい部分もあります。 三郎がドラマ内で言いますが、 国は関係なく三郎はカディナの喜ぶ顔が見たい、ただそれだけの純粋な思いの話となっています。 この後、全国各地に戻った料理人が洋食を広める結果にもなったようです。 また冷凍食品の技術が向上するきっかけにもなったということです。 オリンピックという一大イベントは、様々な恩恵を食の部分でももたらしたことがわかります。

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ティラピア

チャド ダラバ

感動ポイントや、お料理について、人と人の繋がりについて、うんうんって改めて感じ入るポイント、ちょっと笑えるポイント、当時の日本やオリンピックの様子についてなどなど、てんこ盛り。 人によって、感じ入るポイントは人それぞれで、いろいろでしょう。 Mariが嬉しかったのは、人出会う人達それぞれが違う地方、国、文化、生活から来ているけれど、お互いのバックボーンや気持ちを知ろうとし合うシーンがたくさんあったこと。 まず、日本全国から集められた料理人たちが、鹿児島県出身だったり、愛知県出身だったり、秋田県出身だったりと色々で、最初はその方言が理解出来なかったりする。 そんな様子を見て、料理長が「私達のように常に新鮮な食材が手に入る地域は限られている。 そういう所では衛生上、よく火を通した料理を食べる。 日本人のおもてなしの心を学ぶ思いでした。 間違いは気づきがあれば、そしてすぐに気づきを行動に移していけば、より良い方向に昇華していけるんだよね、、、うんうん(>v<)忘れないようにしなくちゃ! Mari個人的には、この先も時々ある「こんなのはダラバじゃないっ!」的リアクション・シーンは、あまり好きじゃありませんでっする。 まあ、異国の地で、独立したばかりの自国をしょって来ている緊張やプレッシャーを考えたら、余裕がないから仕方ないかとは思うけど、、、幸い、三郎たちもそういう受けとめ方をして、何とかしてあげたいと頑張り続け、半ば諦めかけながらも「やっぱりダラバを食わせてあげたい」と粘り続ける。 チャドの選手団長に相談し、試作に付き合って貰う日々。 今ならネットで検索すればすぐにある程度わかるけど、当時は、ほんとうに大変だったのが伝わってきます。 そういえば、昔は調べものも図書館行ったりして大変だったね・・(@c@) フフという、ちょっとすっぱいアフリカのもちもちしたキャッサバやヤム芋から作る主食もあるんだけど、それも秋田のきりたんぽを応用してお米で作ったり、料理人の創意工夫にドキドキわくわくするシーンが続く。 まあ、この団長さんも三郎たちの作った「ダラバとフフ??」に毎回ダメだしするんだけど、このダメだしの仕方が、何ともカンジ悪い!!(>へ<)わかりやすくするためにマンガっぽく演出したんだと思うけど、アフリカの人達が、こんな、感謝の気持ちがない人達だって誤解されかねない演出は、個人的に納得できないし、嫌だな。 Mariの知ってるアフリカの友人知人は、まず一言めに「んマリ、元気?」ときいてくれるし、かならず何かある毎に「んマリ、ありがとう!」とお礼の言葉が先に立つ人ばっかりだもん。 ま、そんなこんなで、ついに団長さんも「うんダラバとフフだ」という料理を完成させ、満を持してカディナに出してあげた三郎たち。 僕の故郷のダラバにはティラピアが入ってる。 」と、食べかけのダラバをゾンザイになげうって席を立ってしまうのでっする!このシーンも嫌いっ!ありがとうがないんだもん!三郎たちの好意に、まず「ありがとう!」って言うのがMariの知ってるアフリカンだもん!プンプン!でも、落ち込みまくってるカディナを演出したんだろうなあ。 普段は「ありがとう!」って笑顔で三郎たちに言ってたから。。。

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