あげつらう 意味。 「ろんう」ではありません!「論う」の正しい読み方、知っていますか?|OTONA SALONE[オトナサローネ]

【あげつらうこと】の例文集・使い方辞典

あげつらう 意味

人のミスをあげつらうのが生き甲斐のような同僚がいて困っています。 あら探しばかりしています。 非を目の前であげつらったり、ミスを認めると馬鹿にしたような言い方をしたりします。 かなり年下なのですが、同じレベルに立ちたくはありません。 仕事ができるのかと言えばそうでもなく、速度質ともに長く居るのに低いと私は感じます。 おそらく仕事の出来をライバル視して、速度など数字で見えるようにしてあるので、非をあげつらうことでバランスを取りたいと言うか 人をひきずり落とすことで、自分の不出来を認めたくないのだと思います。 性格的にいらいらするのもあるのだと思います。 (私のことを嫌うタイプでそういう人は他にもいるので) 私がその人の手伝いをして、速く終わってしまったので一生懸命あらさがしをしていました。 それが本当にミスならともかく、上司にも見てもらいましたが気にするレベルではないほどのもので、いちゃもんに近くとれます。 それに悩む自分もそのレベルなのかと思うと情けないです。 どうしたらいいでしょうか?.

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人のミスをあげつらうのが生き甲斐のような同僚がいて困っています。

あげつらう 意味

「論う」(あげつらう) 物事の理非、可否を論じ立てる。 また、ささいな非などを取り立てて大げさに言う。 語源を見ると、 あげ= 挙げ つらふ(つらう)= 動作や状態が強く長く続くこと。 「言いずらふ」「引こずらふ」などの「つらふ」 古語「引こづらふ」 強く引っ張る。 「あげつらう」には、 すっかり悪いイメージが付いてしまっています。 現在は「あげつらう」とひらがな表記ですからいいのですが、 「論」では違和感が大きいです。 「詰る」は読めます? 「つめる」じゃないですよ。 悪い点、不満な点をことさら取り立てて責めて問い詰める。 他にも会話に水を差す言い方を拾ってみました。 「半畳を入れる」(はんじょうをいれる) 他人の言動を茶化したり、野次ったりすること。 半畳を打つ。 半畳とも。 「半畳」は江戸時代の芝居小屋で敷く畳半分ほどの茣蓙(ござ)のこと。 現在の座席指定料のようなもので、昔の芝居小屋の客席は土間であったたため、観客が入場料として半畳を買い、これを敷いて見学していました。 役者の演技が気に入らないと野次を飛ばし、この茣蓙を投げ入れたことから。 「言葉尻を捕らえる」 他人の適切さを欠いた言い方につけこんで、 皮肉を言ったり批判したりする。 「言葉尻」(ことばじり) 1、言葉の終わりの方。 2、言い損じの部分。 また、言葉のはしばし。 「茶々を入れる」 邪魔をする。 水を差す。 「揚げ足を取る」(あげあしをとる) 人の言いまちがいや言葉じりをとらえて非難したり、からかったりする。 「揚げ足」(あげあし) 相撲や柔道などで、 相手が技をかけようとして揚げた足を意味する。 なぜ「揚げ足」という疑問が浮かびました。 Webの回答によれば、 「上げ足」や「挙げ足」では単に足を上げることも意味するので、「あげあしを取る」の場合は、区別する意味で「揚げ足」と書かれることが多いということ。 特に「揚」である必要はないようです。

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批判(ヒハン)とは

あげつらう 意味

論うの読み方は「あげつらう」で、意味は「 物事の是非について論じ合うこと」または「 些細な欠点・短所などを取り上げて大げさに言い立てること」です。 「論」は小学校で習う漢字で、「議論」の論、「論じる」として良く見る漢字です。 しかし「論う」と書いて「あげつらう」と訓読みすることはあまり知られていないと思われます。 言葉の成り立ちを考えると、「あげ」は「挙げる」、「つらう」は長く続いていることを指します。 つまり、あれこれと物事を「挙げられ続けている」状態が「論う」です。 なぜ表記が「挙げつらう」ではないのかというと、これを「論」の訓読みとして用いる必要があって生まれた言葉だからだと推測できます。 訓読みはその漢字にもともとあった読み方ではなく、中国から伝来したのちに、使いやすいように日本語を当てはめた読み方です。 おそらく漢文を書き下すなどの機会で、「論」の字を「論じる」としたのでは文脈上不適切という状況があったのでしょう。 特に上記に挙げた二つ目の意味では、「多人数で議論する」というより「一人で」大げさに言い立てる場面が思い浮かびます。 この場合、「論」を「論じる」と読むのはあまり当てはまらないと思われます。 そういった経緯から必要とされて、「論う」と書いて「あげつらう」と読む言葉が作られたと推測することができます。

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