もり ぐち の ひと。 「正しいダイエット」という幻想①|もりぐち|note

守口大根の長さ競う さくら小が2位 大阪

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毎年7月20日の開局記念日に合わせて公開放送を実施するなどの特別番組を集中して編成しているが、この番組では通常生放送を行わない夜間・深夜から早朝にかけての生放送を初めて実現。 縁のある歴代パーソナリティーが多数総出演して過去の番組から特に選りすぐられた名場面を録音テープを交えて展開した。 また、サービスエリアである守口市、門真市の全町からリクエストを募る「全部の町からちょうだいリクエスト」なる企画や市民参加型の企画も放送された。 パーソナリティー一覧(カッコ内は主要担当番組) 7月19日• 14:00 - 17:00 大槻直美(看板アナウンサー)• 17:00 - 19:00 近藤栄(大阪の中波ラジオのパーソナリティーを担当し、開局当初から「プロムナード824・水曜」などを担当)• 19:00 - 21:00 (週末のトークバラエティー「やまなのぶっちゃけトーク」)• 21:00 - 24:00 、東中あけみ(開局当初から「プロムナード824・金曜」などを担当。 島は関西の放送局のパーソナリティーやCMナレーターとしても知られる) 7月20日• 0:00 - 3:00 山サキ久美子(「お昼はまるまる824」)• また現在 [ いつ? ]は月曜日の「お昼はまるまる824」にも出演するなど名物パーソナリティーの一人)• 6:00 - 9:00 浜野京子(「おはようHANAKOです」担当)• 9:00 - 11:00 上田彰(「プロムナード824・月曜」 関西ではテレビのナレーション出演多数)• 11:00 - 12:30 野々村ひとみ(開局当初「カラオケ天国」など担当)、前田勝久(開局当初から同局の番組に率先的に出演。 現在 [ いつ? ]は「プロムナード824・金曜」担当。 また開局記念特番や守口市民祭りの長時間特番でも総合司会を務める)• 12:30 - 14:00 宮森敦子(「おはようHANAKOです」「お昼はまるまる824」など) この24時間特番終了後の7月20日14:00〜16:00には守口市の三洋電機本社屋内「e-Cafe」から開局10周年記念公開生放送「HANAKO 10年目のバースデー」を放送した。 ここではクイズ大会や歌手のライブ等も開かれた。

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森口博子(もりぐち ひろこ,Moriguchi Hiroko)

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こんにちは。 もりぐちです。 今回は、ダイエットを始めた人が程度の差はあってもほぼ行うであろう、〈食事制限〉という行為が、日々の食事の摂り方に対して植え付けていく強迫観念の問題について考えていきたいと思います。 突然だけれど皆さまは、〈飢餓のミネソタ実験〉というものをご存じだろうか。 これは、第二次世界大戦の終結間近にアメリカで実施されたかなり大掛かりな実験で、その目的は、戦争中に収容所などで飢餓状態に置かれた人々を、これからどのように回復させていけばよいか調査するというところにあった。 この実験データは結局、当時は使われないままに長い間忘れ去られていたのだけれど、ダイエットがブームになり、食事制限という行為が人にどのような影響を与えるのかという研究が行われ出した流れの中で再発見され、専門家の間である種のセンセーションを巻き起こした。 (1) 食事を制限されることで、人の身体や心理面に具体的にどのような変化が起こり得るのか、よく見て取れる内容になっているので、今回はそのうちの〈心理的な変化〉の方に特に焦点をあて、取り上げさせてもらいたいと思う。 フランシス・バーグ氏の『ダイエットへの警鐘』という本に、この実験についてのより詳細な記述があるので、ここからかいつまんで説明していこう。 これは一年間にもわたって行われた長期実験で、被験者は一年以上の大学教育を受けた男性32名だった。 最初の3か月は初期統制期間、次の6か月は半飢餓期間、最後の3か月は再び通常通りの食事を開始する期間と設定された。 半飢餓期間における彼らの1日あたりの食事摂取量は平均1570キロカロリーに制限されており、これは初期統制期間に摂っていたカロリーの半分以下だった。 それぞれの身体組織によって差はあったが、彼らは平均で体重を24%落とすよう要求され、体重減少が期待通りでない場合は食事量が減らされるということが行われた。 また実験期間中の身体活動量は、毎週約35キロ歩く程度になるよう調整されていた。 2 このような生活を継続的に行うと、人は一体、どうなってしまうのだろうか? 実験の結果、被験者たちには身体面のみならず、性格にも変化が起こり、また食べものに対し心理的に没頭していく傾向が顕著に出ることが明らかになった。 具体的には、「野心がなくなり、興味の幅が狭くなった」、「騒音に敏感になった」、「時々かなり神経質で、落ち着きのない、不安な状態であった」等の変化が見られたという。 また被験者たちの変化で著しいのは、彼らの興味の範囲が、食べ物のことに狭く深く集中していく様子だ。 (また付け加えておくと、半飢餓期間が終われば被験者たちのこういった状態がすぐに元に戻ったかといえば、事態はそう簡単ではなかった。 通常通りの食事を再開する期間に入ると、「お腹がいっぱいで張り裂けそうなのに、多くの被験者は食べることを止めるのが難しいと報告していた」、「何をさておいても、依然として食べ物とその分配量について心配していた」等、過食症に酷似するような状態が見られたという。 ) 3 これらの被験者の変化からは、体重を減らすために食事を制限され続けるということが、いかに日々の食事内容に対して強い執着を生み出すかが見て取れる。 しかも彼らは何も絶食させられたり、超極端なほど低カロリーの食生活を強いられていたわけではない。 この実験にみられる心理的な変化と同じようなことは、ダイエットによる食事制限でも、起こり得るのではないだろうか……? 個人的にも、この被験者たちの食べ物への没頭の仕方は、あまりにダイエットを始めてからの自分に照らし合わせて身に覚えのあるものだったので、初めてこの実験の記述を読んだときは驚いてしまったものだ。 中学時代にダイエットを開始してから摂食障害に陥っていくまでの過程で、日々の思考の割合が、食べ物に関することで急速に圧されるようになってしまっていたなと、今振り返っても思う。 食べていいものと悪いもの、一日のカロリーの上限、何時以降は食べてはいけない……等々。 参考までに、私の場合はどうだったかというと、 ・まず間食を控える ・カロリー制限については割とゆるくて、体育の授業がある日は多めに摂っていいことにしたりしてた。 自分で守ろうと決めたルールに従って、その結果として体重にも着実に成果が表れてきたとなると、人はおのずと「自己管理の感覚」という充実感を、ダイエットに見出すようになるだろう。 数字、というわかりやすい形で結果が見て取れるからこそ、ダイエットを続けるにしたがって、その充実感に心理的に寄りかかってしまう傾きはどうしても大きくなってしまいがちなのではないだろうか。 そのようなことを想像すれば、ダイエットをやめる、つまり食事に関するルールを解くことに拒絶感をおぼえるようになる心理は、理解するに容易い。 その一方で、ダイエットを続けることで身体が飢餓状態になってくれば、生物の本能としてカロリーの高いものへの欲求は膨らんでいかざるを得ないのだから、〈飢餓のミネソタ実験〉にも見られたように、頭の中は一層、食べ物に関することでいっぱいになってしまう……。 恐らくは、このぎりぎりの状態が崩れたとき、一気に過食の症状が出てくるのだろう。 摂食障害の体験談を読んでいると、過食の症状が始まるときというのは、ダイエットのルールに反したほんの一口がきっかけであることが多いように感じる。 何が言いたいかというと、ほんのささいな一口で「これで太ってしまう」とパニックに陥り、満腹中枢の異常も相まってそのまま過食に走ってしまう心理状態というのは、実は周りからして特に問題なく、〈年頃の女の子らしく〉、〈いじらしく〉、ダイエットに励んでいるように見える段階から、下地として準備されていっているのではないだろうか。 ダイエットという行為には、日々の食事に対する認識を、少なからず変えてしまう側面があるように思う。 以前なら、ただなんとなくの気分とか、その場の雰囲気とかで食べて、もし腹十分目までいっぱいに食べたとしても、つい今日は食べ過ぎてしまったで済んだところを、そう簡単に受け流せなくなってしまうのだ。 ダイエットをすると、食べ物を摂取する、という日常的な行為に対して、感情の振り幅がどうしてもいちいち過剰になってしまいがちだ。 また摂食障害の症状が表に出始めてからは一層のこと、その傾向は強くならざるを得ないだろう……、 今回見てきたような、食事制限を端に発して引き起こされる、食に対する執着心、強迫観念、混乱というものは、摂食障害と呼ばれる症状を導き、またそれを泥沼化させていく要因のひとつではないかと思う。 身体的、心理的なこれらの変化が絡み合う中で、拒食や過食の症状、あるいはそれにちかい状態が生み出されていくのではないかというのが、私が今考えていることである。 標準体型だったり、標準よりも痩せている女性がさらにスリムになろうとする努力する姿を、今の社会はしばしば、美しさを求める前向きな姿勢であると肯定的に評価する。 一方、「痩せたい」と口ではいいながらお菓子をつまむ女性は、自己管理がなっていない、だらしがない、というようにいわれる。 しかしかといってダイエットに励み、その結果として摂食障害の症状が目に見えて露わになれば、そこにもまた、「無茶な痩せ方をしすぎだ、自己管理がなっていない」という世間の目が待ち受けているのである。 よくよく考えると、私たちはかなり、矛盾した状況の中に立たされているといえるのではないだろうか。 「セルフコントロール」だとか、「健康的に痩せる」だとか、ポジティブなオーラをまとったもっともらしいことばで、摂食障害の入り口が肯定されてしまっているのではないかという気がしてならない。 人が意図的に痩せようとするとき、身体や精神にどのような影響がもたらされるのかについて、また、人々をそのようなダイエットという行為に駆り立てていく社会構造について、今一度じっくり考えることが、今後この摂食障害という病に向き合っていく上で必要なのではないかと思う。 3回にわたって書いてきた、ダイエットについての話は、これで一旦区切りとなります。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 270-273参考.

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やまなひとふみ

もり ぐち の ひと

もりぐちです。 こんにちは。 いささか強気なタイトルを掲げてしまったけれど、掲げたからにはなるべくしっかりと、今の私の考えを書いていきたいと思っている。 予告していた通り、今回はダイエットの話をする。 前にもいったように、私はこのダイエットという行為を、摂食障害の直接的な原因になり得るものとして捉えている。 ……こういう書き方をすると、必ずくるだろうと思われる反論があって、それは例えば、「ダイエットにもいろいろあるんだから、一括りにしてそう危険視するのは無理があるのではないか?」や、「そもそもダイエットをやる全ての人が摂食障害になるわけじゃない、その中でも摂食障害になる人にはやはりどこか個人的な問題があるんじゃないの?」などといったものである。 が、あえて最初にもう一度、私の考えを書いておく。 ツイッギー(「小枝ちゃん」の愛称で親しまれたモデル)が現れた1960年代からずっと、主に先進国でフィーバーフィーバーなダイエットブームが続いているが、実はその行為は、フィーバーフィーバーなどいっている場合ではない(!)、人々を摂食障害に陥れる要因を孕んだ、大変に危険なものであると。 もちろん、今の世にこんなことをいう人はほとんどいない。 なにせ「体型は自分の努力次第で理想通りにできるもの」であって、「痩せて綺麗になりたいという気持ちはポジティブで素晴らしいものだ!」という人々の総意に基づき、ダイエットが一つの巨大産業としてあり続けている、今である。 ダイエットが摂食障害の直接的原因だなんて、とんでもない。 ダイエットが、そんな危険な行為であっては困るのだ! 摂食障害に陥った人に対し、「それはあなたが無茶なダイエットをしてしまったからだ」とか「もっと健康的な方法でダイエットをするべきだった」といった声は、よく聞かれると思う。 しかしここで改めてじっくり考えてみたい。 彼女たち(あるいは彼ら)は本当に、「正しい」ダイエットさえ行っていれば、理想の体型を手に入れることができて、またその体型を以後ずっと維持し続けるということに成功したのだろうか? ……そもそも。 人はどの状態をもって、自分のダイエットは成功した、といい切れるだろう? 一時的な食事制限や運動によって、目標体重にまで落とすところまでは、案外すんなり到達できる者もいるかもしれない。 だが、その期間の努力は、生涯にわたって続けられるようなものだろうか。 「夏までにくびれをゲットする!」とか「いついつまでに〇キロ落とす!」といった煽り文句や宣言が、車内広告やSNS上など、あらゆる場所で見られるように、ダイエットというのは(たとえそれが、どのような方法であれ)、始めるにあたって、それなりの意志と気合が必要なものとして扱われている、と私は感じる。 自分が今馴染んでいる生活習慣のどこかしらに、痩せるため、意識的に変化を加えるわけである。 (多くの場合は、日々の摂食行動に対して、意識的な変化が加えることになる。 )これはある種の、緊張状態であるといえるが……、 どうにかこの緊張状態を維持し、自分が目標としていた体重まで辿り着けたとしよう。 ここで、自分に今まで強いていた緊張状態を解いたら、どうなるだろうか? 当然ながら、体重は元に戻っていく。 いやそれどころか、ダイエット期間中に脂肪と共に筋肉も落ちていた場合、基礎代謝が低下しているので、ダイエット前よりも急激に太りやすくなってしまうであろう。 いわゆる「リバウンド」である。 この、今までの努力が帳消しにされたかのような現象は、痩せたいと強く願う者には相当にショッキングなはずだ。 ) この経験は、再び挑戦することになるであろうダイエットを、より無闇で過激なものとしていく可能性がある。 そしてそれの効果が出てきた頃、ふっと緊張の糸が切れれば、前より更に急激なスピードでリバウンドするのは明らかであり……(以下無限ループ)…… 話が逸れてしまいそうだけれど、ダイエット業界というのは、こうして多くの人が知らず知らずのうちに陥らざるを得ない、ダイエットとリバウンドの悪循環を利用して、次から次へと新しいダイエット方法を提示しながら、成長してきたというところがあるのではないか……? そんなことも考えてしまう。 「私はこれで理想の体型を手に入れた!」的は成功談は、確かに巷に溢れてはいる。 これは、私がnoteを始めるにあたっていいたいと思っていたことの一つだ。 この流れなので一度、はっきり書いておきたい。 それは遺伝や骨格、病気等にも左右されるものだ。 思い描くような理想の体型でないことを、自分の至らなさや意志の弱さによるものと決めつけ、思い詰めることはないのだ。 私たちの思考に、そのような轍をつくっている力とは一体、何なのだろう……? そこについて考えてみるのもまたひとつ、自分自身がなぜ今こう在るのかを把握し、これから自分の体を肯定していくために、役に立つことではないだろうか、と私は思っている。 ……さて。 続いて「ダイエット・ハイ」の話をしていきたいのだけれど、この調子でいくとまたどんどん長くなっていってしまいそうなので、今回のところはとりあえず、これくらいの問題提起をしたところで引いておきたいと思う。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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