桑田 佳祐 smile 晴れ渡る 空 の よう に。 桑田佳祐 民放共同企画“一緒にやろう”応援ソング「SMILE~晴れ渡る空のように~」レギュラーラジオ番組でオンエア

桑田佳祐、「一緒にやろう」応援ソング「SMILE~晴れ渡る空のように~」をラジオ初オンエア

桑田 佳祐 smile 晴れ渡る 空 の よう に

桑田佳祐がTOKYO FMのレギュラー番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」に出演。 「民放同時放送!一緒にやろう2020大発表スペシャル」に生出演し、「このような大役は大変光栄でしたけど、かなりプレッシャーがありました。 楽曲について「日本が、被災地が、そして地球の未来が明るく元気でありますように」と思いを語り、「SMILE~晴れ渡る空のように~」の特別映像が初公開されました。 史上初の試みとなる全国の系列計114局による同時生放送番組での出演を終え、その翌日に迎えた「桑田佳祐のやさしい夜遊び」。 番組冒頭で、「もうすぐ64歳だというのに緊張したよ」と改めて感想を口にします。 特別映像は1月4日(土)に収録したそうで、一新した国立競技場を背に歌う姿や、数々の名曲を生み出してきたビクタースタジオの屋上で歌う姿が映し出されます。 ビクタースタジオは、国立競技場のほど近くに位置するとあって屋上から臨む景色に「あんなに近かったとは」と話します。 桑田によると、「SMILE~晴れ渡る空のように~」の楽曲制作に取りかかったのは、昨年8月。 「しつこいからね、俺は(苦笑)。 何度も何度もやり直して……」と振り返るとともに、作品に携わった人々に感謝の言葉も。 なお、「一緒にやろう2020」公式YouTubeチャンネルでは、「SMILE~晴れ渡る空のように~」民放公式スペシャルムービーが公開されているので、ぜひチェックしてみてください。 (TOKYO FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」2020年1月25日(土)放送より).

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桑田佳祐の「Smile ~晴れ渡る空のように~」が好きになれなかった

桑田 佳祐 smile 晴れ渡る 空 の よう に

桑田佳祐がTOKYO FMのレギュラー番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」に出演。 「民放同時放送!一緒にやろう2020大発表スペシャル」に生出演し、「このような大役は大変光栄でしたけど、かなりプレッシャーがありました。 楽曲について「日本が、被災地が、そして地球の未来が明るく元気でありますように」と思いを語り、「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」の特別映像が初公開されました。 史上初の試みとなる全国の系列計114局による同時生放送番組での出演を終え、その翌日に迎えた「桑田佳祐のやさしい夜遊び」。 番組冒頭で、「もうすぐ64歳だというのに緊張したよ」と改めて感想を口にします。 特別映像は1月4日(土)に収録したそうで、一新した国立競技場を背に歌う姿や、数々の名曲を生み出してきたビクタースタジオの屋上で歌う姿が映し出されます。 ビクタースタジオは、国立競技場のほど近くに位置するとあって屋上から臨む景色に「あんなに近かったとは」と話します。 桑田によると、「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」の楽曲制作に取りかかったのは、昨年8月。 「しつこいからね、俺は(苦笑)。 何度も何度もやり直して……」と振り返るとともに、作品に携わった人々に感謝の言葉も。 youtube. tfm. php? tfm. gsj.

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桑田佳祐、「一緒にやろう」応援ソング「SMILE~晴れ渡る空のように~」をラジオ初オンエア

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が2020年の五輪プロジェクトの一環である「一緒にやろう2020」にテーマソングを提供すると聞いた時、大丈夫かな?という気持ちになった。 以前、の時に五輪応援ソングとして制作された「」は、その後桑田自身が(主に自身のラジオ番組で)貶しに貶しまくっているし、18年にリリースされたベスト盤にも未収録となった。 その一方で、「東京VICTORY」は、震災から五輪開催決定、そして五輪開催に至るまでの日本の姿を歌い、支えるような形で、要所要所で使われてきた。 テレビ局のキャンペーンや、車のCMなど、リリースばらく経った今でも様々な媒体で耳にすることがある。 桑田自身も気に入っているのか、リリース以降はサザンとしてのどんなライブでも歌われている。 昨年のツアーでは1曲目を飾る、サザンの新定番曲といった感慨がある曲になった。 「」の失敗、「東京VICTORY」の出来すぎな程の成功。 それらを経て、また似たようなテーマでそれらを越える曲を創る、というのは並大抵の事ではない。 「一緒にやろうプロジェクト」という、酷く曖昧な「で、これは結局どういうことをするの?」と思うようなプロジェクトのテーマ曲ということもあり、僕は大丈夫だろうかと少し心配をしていた。 1月24日、「一緒にやろう2020大発表ル」が放送。 その放送を見た当時の僕は怒りにも近い感情を覚えた。 の持ち味であり、こういった曲には欠かせない誰もが歌えるポップなメロは見いだせず、アレンジもイントロの打ち込み音は2020年の音とは(少なくとも僕は)言い難く、こういったスポーツ大会には欠かせないはずの湧き上がるような感情の熱も感じなかった。 なによりも僕が許せなかったのは歌詞である。 そもそも自分の主義として五輪の誘致にも、国同士のスポーツの勝敗で喜んだり悲しんだりする事も好きではなく、他人の祭りでしかないじゃないか、とすら僕は思う人間なのだ。 それが如何に歪んだ思想であるのかは自分でも分かっているが、それでもその考えは改まらない。 その上で、五輪プロジェクトのテーマ曲にしてはあまりにも歌詞(を含めた曲の全て)が鈍重で、五輪のテーマ曲として(そもそも五輪のテーマ曲なのか?と言う部分もこのプロジェクトが曖昧すぎるから良く分からないが... )本来向かうべき落とし所と実際の世界観の齟齬がどうにも腑に落ちなかった。 そのいい子ちゃん過ぎるタイトルの曲は、本当にが歌うべきなのか?と思った。 長きこの地球の 歴史の一幕に 立ち会うことを奇跡と呼ぶのだろう なによりも違和感を感じたのがこの一節である。 自国で開催される五輪にたまたま立ち会うことを奇跡とは僕は呼べなかったし、そんな風に「呼べない自分」が置いてきぼりにされているような気持ちになった。 「一緒にやろう」となどと、言われても嫌なものは嫌だし、一緒にやれない・やりたくない人だっているだろうよ、という不快感が僕を包んだ。 その日、自分の気持ちを整理するために3度ほどその番組を繰り返し見て以来、僕は「Smile」を自発的に聞くことは無かった。 こうやって言葉にしたものの、実際はもっと複雑な、恐らく自分でも言葉に出来ない程の思いがそこにはあったのだと思う。 家族や信頼のできる友人にはこの違和感の話をしたりしたものの、やこのブログでこの曲に言及する事も無かった。 その内心では、「Smile」はの生涯ワースト曲だ、とすら思っていた。 そんな日常は、大きく変化してしまう。 コロナ禍、そして五輪の開催延期。 この曲が響き渡る筈だった日本の姿はそこにはなく、絶望的な世界が広がった。 日常の姿は様変わりし、その中にも至る場所に危険がある。 そんな誰もが暗く、苦しい気持ちを抱く日々が続いた。 そんな中でもやサザンは、恐らくは相当な縛り、多方面への配慮や事情を踏まえ、クリアした上で、彼らの出来る限りの事をしようとしていた。 手始めにまずは、へのミュージックビデオのフル解禁。 その映像は、「一緒にやろう2020」で流れたものと同じく、新国立競技場を臨むVictor Studioの屋上での歌唱風景だ。 あのどうしようもない違和感を覚えたのと同じ映像だが、何故だかこの日は見入ってしまった。 長きこの地球の 歴史の一幕に 立ち会うことを奇跡と呼ぶのだろう あの日、なによりも違和感を感じたこの一節が、この日は自分の心に溶け込むようだった。 オリンピックを意識して書かれたはずのフレーズが、コロナを経たことで「日常の肯定」に聞こえたのだ。 我々の何気ない日常も、紛れもなく「この地球の歴史の一幕」である。 すべての日々が、すべての日常が、一分一秒が紛れもない奇跡なのだ。 ライブハウスやフェスに足しげく通っていたあの日常を、板やビニール越しじゃなく話ができたあの日常を失った僕たちは、日常の奇跡を無意識のうちに感じていたのだろう。 心折れないで でなきゃ勝利は無いじゃん! 街のざわめきが の叫びへと変わる 時代(とき)がまたひとつ 動いたことを知る 命の限りに 幸せに 敬いし友と 闘え スポーツの勝敗を意識したと思っていたこの一節が、この日は疫病という天敵を前にして、否応なく手を取り合わなければならなくなった人と人の関係を歌う詞に聞こえてくる。 互いへのリスペクトはスポーツだけでなく、すべての人間関係において重要な筈だ。 共に闘い、疫病に打ち勝ち、喜びの声が空に響く未来へと誘うようにが歌っているようだ。 栄光に満ちた者の陰で 夢追う人たちがいる ワクチンを作るために努力と試行錯誤を重ねる研究者、医療現場という感染と隣り合わせの中で必死に感染拡大を食い止める医療関係者、三密を避ける為に休業を余儀なくされた中でも何かできることを探したり、人とのが避けられないにも関わらず社会インフラ維持のために働き続けるすべての就労者たち。 それら多くははニュースには映されない「陰」の存在だ。 そんな中でもすべての人たちがコロナが終息した未来、素晴らしい日常を取り戻すために今もなお必死に戦っていることを思い出させてくれる歌詞だ。 栄光に満ちた孤独なHERO ソーシャルディスタンスや、外出の自粛を余儀なくされた2020年。 どんなアイドルも、コメディアンも、スポーツ選手も、誰もが誰かとのを控え、人と人の距離感は変容した。 誰もが孤独だった。 そんな孤独な日々で生きるすべての人をヒーローとし、栄光に満ちた存在だと桑田が肯定するように高らかに歌い上げているのだ。 愛しい友への歌 「」みたいな「みんな友だち」論というのは、なにかと揶揄される存在だが、世界的な問題に直面すると、やはりどうしようもなく助け合わなければならないのだと思い知る。 Blacklivesmatter 然り、人種も国籍も性別も年齢も超えて手を取りあってこの困難を乗り越えなければならない。 この難所を乗り越えるためには、文字通り友にならなければならないのだ。 は、同じ時代を生きるすべての者達へとこの歌を捧げている。 ここまで当たり前のようにコロナとこの曲を絡めてきたが、この曲はが国内でここまで問題になるよりも前に制作されたものである。 曲が世に流れたのは1月24日だし、詞だけは今年の元旦の段階で新聞に掲載されていた。 好きになれなかった、嫌いとすら思っていたこの曲と向き合えるようになったのだ。 長きこの地球の 歴史の一幕に 立ち会うことを奇跡と呼ぶのだろう 流行病を含めた幾多もの災難も、「この地球の歴史の一幕」だろう。 勿論病気があって良かったとは言えないし、亡くなられた方には深い哀悼を、感染され今もなお闘病している方には一刻も早い回復を祈っている。 コロナの影響で生活に困っている人には頭が下がる思いだ。 僕自身も楽しみにしていたライブがすべて延期や中止になり、大好きな音楽を作りだす人たちが苦行に立っているのを見ていると、コロナが憎くて仕方がない。 それでも唯一、たった唯一コロナに感謝しなくてはいけないことがある。 それはこの曲の魅力を気付かせてくれたことである。 この曲は五輪のための曲なんかではなく、この世界で生き続けるすべての者の笑顔を祈る歌なのだ。 そして僕たちはここから、コロナに打ち勝ち共存していく未来に向けて歩んでいく。 その歴史の新たな瞬間に立ち会うことは、きっと紛れもない「奇跡」だ。

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