伊藤英明 ズラ。 伊藤英明が北斗の拳ケンシロウを熱演wwwwww : パパらッチェ

伊藤淳史

伊藤英明 ズラ

「北斗の拳」コラボ商品CMで伊藤英明がケンシロウ熱演、悪臭の大男を奥義で撃退 2018年4月24日 4:00 コミックナタリー 新CM「おまえはもうニオわない」編30秒版より。 新CM「おまえはもうニオわない」編30秒版より。 「デ・オウ」新CMは、伊藤英明演じるケンシロウが悪臭を放つ大男を「北斗デ・オウ拳」で洗い上げ、「お前はもうニオわない!」と決めゼリフを発する内容。 テレビでは15秒版、30秒版が放映される。 公式サイトには68秒のスペシャル動画が用意され、全7パターンのバンパー広告も掲載された。 またケンシロウ、ラオウ、トキ、サウザー、レイ、ユリアの「デ・オウ」オリジナルイラストをあしらったコラボボトルの商品も登場。 コラボボトルの「薬用クレジングウォッシュ」は4月15日から、「薬用スカルプケアシャンプー」は6月13日から販売される予定だ。 各商品ともビジュアルだけでなく、成分表示や使用法などもキャラクターに合わせた内容になっている。 「北斗の拳」の漫画制作では、格好良さだけではなくシーンの面白さも欠かせないのですが、今回のCM撮影では監督さんも伊藤英明さんも、漫画の世界観をよく理解してくれていて、見事に映像化してくださいました。 CMでは敵キャラの大男と最後は仲良くなりますが、「ででででででおおおおおおぅっっ」とかの断末魔で死んでくれても良かったかも。

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滝田洋二郎 滝田洋二郎 鑑賞本数 7 合計点 20 平均点 2. 社長の佐々木 山崎努 に半ば強引に入社させられてしまった大悟は、その事をなかなか美香に言い出せないまま、納棺師としての仕事を始めることになるが… の米アカデミー賞の外国語映画部門で見事オスカーを取り 、邦画としては久々の快挙を挙げた作品。 そんな事もあり、本作を観るのはとても楽しみ。 最初の上映は逃したものの、再上映が決定したらすぐに観に行った。 最初の10分は確かに傑作の香りがする。 演出と言い、納棺師の仕事を細かく、ちょっとコミカルに描く雰囲気はとても良かった。 これはかなり良い作品では…? …と思ったのは思ったのだが…うーん。 本作の着眼点はとても良い。 人の死を扱うことは文化圏毎に異なるが、表になかなか出せないことであり、同じ国の中でも「こんな事があったのか」と思わせる事になるし、一種の文化として世界的に発信も出来る。 死を扱うだけに、その職業がその国の中ではあまり快く思われてないことや(特に日本はその傾向が強いようにも思える)、その重要性なども、しっかり描ききってくれて、大変感心できる作品ではある。 はっきり言ってしまえば、 物語があまりにも単純すぎる のだ。 基本的に物語に一切のひねりを使わず、主人公の周囲の人物との関わりだけで物語が全て進行してしまう。 ある意味で忌まわれている職業であるにかかわらず、その辺の言及も極めて少ない (ラストの広末の「この人は納棺師です」は感動どころか、気分的に冷えた)。 美しく仕上げられているかもしれないけど、その実、 全く当たり障りのない物語である。 海外向けと言う事を最初から考えていたのならば、この素直さはそのまま強味だが、物語性の低さにはちょっと疑問あり。 それと、他のキャラは上手いにもかかわらず、主人公の本木雅弘の演技の悪さも気になる。 存在感はしっかりしているものの、全般を通してナルシストっぽい描写が多くて、ちょっと引っかかった。 なんというか、自分が情けない訳をやってるという事実に対し、「俺って凄いだろ」という自己陶酔が透けて見えてしまうし、一々「俺を見てくれ」的なショットが多い。 諸肌脱ぐシーンも多いし…役名の小林大悟じゃなくて、モロに本木雅弘そのものが出てくるようにしか見えない。 広末涼子や山崎努と言った周囲を固める面々が良い役をやってるだけに、主人公だけミスキャストに思えるんだけどな。 …とは言っても、前述したように設定部分はとても面白く、それを活かす演出も随所に入れていて、映画としてきちんと成り立っているのは確かだし、良い作品であることを否定するつもりはないけど。 ちょっと引っかかるところが多いだけ。 そうそう。 本作で結構面白いところは、食事のシーンが結構多いことだろうね。 こじゃれた洋食ではなく、基本はほとんどが和食で、しかも肉類を使った料理がよく出てくるのも、「死者を弔う」という設定にもつながっていてなかなか楽しい。 個人的に食べるシーンがたくさんある映画が好きだってのもあるけど。 騒然とする宮中だったが、幻覚 中井貴一 と言う呪術師が人々を救っていくようになった。 一方、宮中の人々を次々と襲う鬼が現われた。 その調査を命じられた阿倍晴明 野村萬斎 はこれらの殺人が何らかの関連があると見て、それが出雲に伝わる八岐大蛇の伝説に端を発することを突き止める… CGと狂言師の野村萬斎の好演もあり、好評を博したの続編。 少年漫画には 「黄金パターン」 なるものがある。 スポーツや決闘を主題とする漫画だと、 主人公よりも強そうで、主人公が敵いそうもないキャラクターを登場させ、それと戦わせ、危機の連続の末、何とかそれを倒すと、その敵よりも強い敵が次にやってくると言うパターン。 ちばてつやが作り出したパターンと言われるが、これはかつての少年漫画の王道で、このパターンを使えば、いくらでも物語が作れると言う利点があるため、多用されたが、これを続けるとひとつ問題が出てくる。 強い敵をどこまで強くできるか。 やがて敵は人間を越え、ロボットや霊の存在へとなっていき、 最後は神の領域にまで至ってしまう。 そうなると当初のテーマから完全に離れてしまうので、どんどん話が支離滅裂になっていく。 この作品を観ていて、はっきり感じたのは、これはその黄金パターンを意識しつつも、パターンを破綻させてしまった作品だと言うこと。 前半の謎をはらんだストーリー展開はともかく (これだって展開見え見えの上に出てくる奴らが馬鹿ばかりなので相当に酷いが) 、中盤以降の展開ははっきりその黄金パターンの末期状態を呈している。 黄金パターンの面白さというのは、敵の出てくる過程にあり、主人公よりもちょっと強いかな?と言う程度を出すのが醍醐味なのに (まだ前作の方は微妙なバランスが取れてたような気がするが) 、中盤からパターンの末期状態に持って行ってしまってる。 これのどこが緊迫感を演出してると言うんだ? ストーリーもかなり酷い。 と言うより、 設定が無茶苦茶。 何よりカニバリズムをこんなにあっさりやっていいの?人間の肉を食らうってのは、文明人にとって最大のタブーであるはず。 それをここまであっさりやられてしまうと、良識そのものを疑うぞ (小説ならいざ知らず、映画の場合は描写能力に格段の違いがあるから、これはやるべきじゃなかった)。 更に深田恭子の役が日美子、市原隼人の役が須佐。 この名前が出ただけで展開が分かってしまうではないか?それを途中で、さも驚いたようにその関連性を指摘する晴明。 ああ、駄目だこりゃ。 しかし、前作を超えるチープさに溢れるCGとか、手作りの特撮シーンとか、結構好みっぽい描写が多いのと、野村萬斎の怪演 (好演にあらず) は結構良かったんじゃない?それだけだけど。 鬼と人とが微妙に混じり合った平安時代。 内裏では陰陽頭、道尊(真田広之)が<都の守り人>の出現を予言した。 その守り人とは帝と藤原師輔の娘、任子の間の子供敦平親王を指しているかに思われた。 だが、その子をめぐって鬼が内裏へと侵入を開始する。 そしてある夜、生まれたばかりの敦平親王の身に異変が起きる。 都の危機を感じた右近衛府中将、源博雅(伊藤英明)は当代切っての陰陽師、安倍晴明(野村萬斎)に助けを求めるため、彼の屋敷を訪れる。 かつて を撮る際、押井守監督は「実写とアニメは融合していく」と言っていた。 それがこんな形で世に出ていたのか。 としみじみ思った。 ただし、押井守の言っていたこととは、まるで異なる形で。 押井監督の言っていたのは、多分アニメと実写が融合した時、新しい映画の撮り方が出来るはずだ。 と言うものだったはず。 まさかこんな、アニメそのものを実写にすることを考えていたわけでは無かろう。 かつてSFXとワイヤー・アクションの組み合わせにより、アニメーション的な表現が実写でも可能であることを 『マトリックス』 1999 が示し、それをアニメーションの本家である日本が逆輸入した形で作り上げた。 やや 安っぽさ を感じるが、まあそれは許すし、 ストーリーの安直さ も許そう。 流行りに乗って陰陽師を使った こと、本来の人の様々な想いと言うものを主題としたはずの 原作を無視した のも仕方ないと諦めよう。 しかし、SFXというのは、本来あくまでストーリーを補完するものであることを完全に無視し、そればかりがこれでもか!と言うほど出てきているのは何とも、トホホな感じ。 人の想いというものを映像化するのはあくまでアニメーション的な表現であり、それを実写でやる場合、もっと他にやりようがあったはず。 それを安直にアニメそのものの手法で使ってしまうとは、怠慢も甚だしい(映画で想いを表現するのに今まで本当に苦労してきた。 微妙な間や視線によってそれを表現してきたのだが、アニメはそのような表現がとても困難だから、ビジュアルに走らざるを得なかった。 それをわざわざ実写に逆輸入してどうするんだよ。 それに今の漫画界、アニメ界で一番嫌な風潮が安直に人を殺して、そいつを生き返らせる所にあるが 人の死は一番衝撃を与えやすいからね 、それを実写でやると陳腐さに輪をかけることになること、少しは考えて欲しい。 こんな作品が日本アカデミーにズラズラとノミネートされていると言う事実そのものが邦画の底の浅さを示しているようだ。 でもキャラクターには結構好感を持ったな。 勿論清明役の野村萬斎は(変な)迫力が満点だったし 昔のNHKの大河ドラマでもこんな感じだった 、博雅役の伊藤英明だけは原作っぽさが損なわれてなかったし。 それに道尊役の真田広之は野村萬斎とは又別種な魅力を出していて、これも結構良かったんじゃないかな?でも、時代劇で格好良い人間役って言えば、今は必ず真田広之を出すね。 こんな所にも邦画の層の薄さを感じてしまう。 姿を見せない謎の敵に、鮫島の取った行動は… 大沢在昌のベストセラー小説の映画化作品。 公開前に偶然立ち読みした写真週刊誌で あまりに恐ろしいキスシーン を見たため、とても劇場で観る気を失ってしまった 小説版は読んでいたので、観たいという気分はあったんだけど。 そう言うわけでテレビで拝見。 原作を上手く映像化していたと言うのが正直な感想。 原作でのトリックスターだったとっちゃん坊やがますます浮いていたのが気になったくらいか。 でもやはりこの映画での見所は主演二人だろう。 真田広之は元々映画映えする役者だし、奥田瑛二の狂気をはらんだ演技は絶品。 例の映画史に残る ? キスシーンはまさに奥田瑛二の独壇場。 いやはや、テレもなくマジになってあんな演技が出来るなんて…圧倒されてしまった いろんな意味で。 男二人のアップであそこまで魅せたあの演技が凄い。 お陰でそれまでテレビを通して知っていた奥田瑛二のイメージが崩れ、私の中で「凄い役者」に変わっていった。 いや、これほど華のある役者とは知らなかった。 ただ、この映画のカメラワークは 本当にテレビ的。 ふんだんに金かけているはずなのに、なんか普通のドラマに見えてしまうのはちょっと悲しい。 もう少し映画的に撮って欲しかったな。 スキャンダラスな題材を扱う.

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滝田洋二郎 滝田洋二郎 鑑賞本数 7 合計点 20 平均点 2. 社長の佐々木 山崎努 に半ば強引に入社させられてしまった大悟は、その事をなかなか美香に言い出せないまま、納棺師としての仕事を始めることになるが… の米アカデミー賞の外国語映画部門で見事オスカーを取り 、邦画としては久々の快挙を挙げた作品。 そんな事もあり、本作を観るのはとても楽しみ。 最初の上映は逃したものの、再上映が決定したらすぐに観に行った。 最初の10分は確かに傑作の香りがする。 演出と言い、納棺師の仕事を細かく、ちょっとコミカルに描く雰囲気はとても良かった。 これはかなり良い作品では…? …と思ったのは思ったのだが…うーん。 本作の着眼点はとても良い。 人の死を扱うことは文化圏毎に異なるが、表になかなか出せないことであり、同じ国の中でも「こんな事があったのか」と思わせる事になるし、一種の文化として世界的に発信も出来る。 死を扱うだけに、その職業がその国の中ではあまり快く思われてないことや(特に日本はその傾向が強いようにも思える)、その重要性なども、しっかり描ききってくれて、大変感心できる作品ではある。 はっきり言ってしまえば、 物語があまりにも単純すぎる のだ。 基本的に物語に一切のひねりを使わず、主人公の周囲の人物との関わりだけで物語が全て進行してしまう。 ある意味で忌まわれている職業であるにかかわらず、その辺の言及も極めて少ない (ラストの広末の「この人は納棺師です」は感動どころか、気分的に冷えた)。 美しく仕上げられているかもしれないけど、その実、 全く当たり障りのない物語である。 海外向けと言う事を最初から考えていたのならば、この素直さはそのまま強味だが、物語性の低さにはちょっと疑問あり。 それと、他のキャラは上手いにもかかわらず、主人公の本木雅弘の演技の悪さも気になる。 存在感はしっかりしているものの、全般を通してナルシストっぽい描写が多くて、ちょっと引っかかった。 なんというか、自分が情けない訳をやってるという事実に対し、「俺って凄いだろ」という自己陶酔が透けて見えてしまうし、一々「俺を見てくれ」的なショットが多い。 諸肌脱ぐシーンも多いし…役名の小林大悟じゃなくて、モロに本木雅弘そのものが出てくるようにしか見えない。 広末涼子や山崎努と言った周囲を固める面々が良い役をやってるだけに、主人公だけミスキャストに思えるんだけどな。 …とは言っても、前述したように設定部分はとても面白く、それを活かす演出も随所に入れていて、映画としてきちんと成り立っているのは確かだし、良い作品であることを否定するつもりはないけど。 ちょっと引っかかるところが多いだけ。 そうそう。 本作で結構面白いところは、食事のシーンが結構多いことだろうね。 こじゃれた洋食ではなく、基本はほとんどが和食で、しかも肉類を使った料理がよく出てくるのも、「死者を弔う」という設定にもつながっていてなかなか楽しい。 個人的に食べるシーンがたくさんある映画が好きだってのもあるけど。 騒然とする宮中だったが、幻覚 中井貴一 と言う呪術師が人々を救っていくようになった。 一方、宮中の人々を次々と襲う鬼が現われた。 その調査を命じられた阿倍晴明 野村萬斎 はこれらの殺人が何らかの関連があると見て、それが出雲に伝わる八岐大蛇の伝説に端を発することを突き止める… CGと狂言師の野村萬斎の好演もあり、好評を博したの続編。 少年漫画には 「黄金パターン」 なるものがある。 スポーツや決闘を主題とする漫画だと、 主人公よりも強そうで、主人公が敵いそうもないキャラクターを登場させ、それと戦わせ、危機の連続の末、何とかそれを倒すと、その敵よりも強い敵が次にやってくると言うパターン。 ちばてつやが作り出したパターンと言われるが、これはかつての少年漫画の王道で、このパターンを使えば、いくらでも物語が作れると言う利点があるため、多用されたが、これを続けるとひとつ問題が出てくる。 強い敵をどこまで強くできるか。 やがて敵は人間を越え、ロボットや霊の存在へとなっていき、 最後は神の領域にまで至ってしまう。 そうなると当初のテーマから完全に離れてしまうので、どんどん話が支離滅裂になっていく。 この作品を観ていて、はっきり感じたのは、これはその黄金パターンを意識しつつも、パターンを破綻させてしまった作品だと言うこと。 前半の謎をはらんだストーリー展開はともかく (これだって展開見え見えの上に出てくる奴らが馬鹿ばかりなので相当に酷いが) 、中盤以降の展開ははっきりその黄金パターンの末期状態を呈している。 黄金パターンの面白さというのは、敵の出てくる過程にあり、主人公よりもちょっと強いかな?と言う程度を出すのが醍醐味なのに (まだ前作の方は微妙なバランスが取れてたような気がするが) 、中盤からパターンの末期状態に持って行ってしまってる。 これのどこが緊迫感を演出してると言うんだ? ストーリーもかなり酷い。 と言うより、 設定が無茶苦茶。 何よりカニバリズムをこんなにあっさりやっていいの?人間の肉を食らうってのは、文明人にとって最大のタブーであるはず。 それをここまであっさりやられてしまうと、良識そのものを疑うぞ (小説ならいざ知らず、映画の場合は描写能力に格段の違いがあるから、これはやるべきじゃなかった)。 更に深田恭子の役が日美子、市原隼人の役が須佐。 この名前が出ただけで展開が分かってしまうではないか?それを途中で、さも驚いたようにその関連性を指摘する晴明。 ああ、駄目だこりゃ。 しかし、前作を超えるチープさに溢れるCGとか、手作りの特撮シーンとか、結構好みっぽい描写が多いのと、野村萬斎の怪演 (好演にあらず) は結構良かったんじゃない?それだけだけど。 鬼と人とが微妙に混じり合った平安時代。 内裏では陰陽頭、道尊(真田広之)が<都の守り人>の出現を予言した。 その守り人とは帝と藤原師輔の娘、任子の間の子供敦平親王を指しているかに思われた。 だが、その子をめぐって鬼が内裏へと侵入を開始する。 そしてある夜、生まれたばかりの敦平親王の身に異変が起きる。 都の危機を感じた右近衛府中将、源博雅(伊藤英明)は当代切っての陰陽師、安倍晴明(野村萬斎)に助けを求めるため、彼の屋敷を訪れる。 かつて を撮る際、押井守監督は「実写とアニメは融合していく」と言っていた。 それがこんな形で世に出ていたのか。 としみじみ思った。 ただし、押井守の言っていたこととは、まるで異なる形で。 押井監督の言っていたのは、多分アニメと実写が融合した時、新しい映画の撮り方が出来るはずだ。 と言うものだったはず。 まさかこんな、アニメそのものを実写にすることを考えていたわけでは無かろう。 かつてSFXとワイヤー・アクションの組み合わせにより、アニメーション的な表現が実写でも可能であることを 『マトリックス』 1999 が示し、それをアニメーションの本家である日本が逆輸入した形で作り上げた。 やや 安っぽさ を感じるが、まあそれは許すし、 ストーリーの安直さ も許そう。 流行りに乗って陰陽師を使った こと、本来の人の様々な想いと言うものを主題としたはずの 原作を無視した のも仕方ないと諦めよう。 しかし、SFXというのは、本来あくまでストーリーを補完するものであることを完全に無視し、そればかりがこれでもか!と言うほど出てきているのは何とも、トホホな感じ。 人の想いというものを映像化するのはあくまでアニメーション的な表現であり、それを実写でやる場合、もっと他にやりようがあったはず。 それを安直にアニメそのものの手法で使ってしまうとは、怠慢も甚だしい(映画で想いを表現するのに今まで本当に苦労してきた。 微妙な間や視線によってそれを表現してきたのだが、アニメはそのような表現がとても困難だから、ビジュアルに走らざるを得なかった。 それをわざわざ実写に逆輸入してどうするんだよ。 それに今の漫画界、アニメ界で一番嫌な風潮が安直に人を殺して、そいつを生き返らせる所にあるが 人の死は一番衝撃を与えやすいからね 、それを実写でやると陳腐さに輪をかけることになること、少しは考えて欲しい。 こんな作品が日本アカデミーにズラズラとノミネートされていると言う事実そのものが邦画の底の浅さを示しているようだ。 でもキャラクターには結構好感を持ったな。 勿論清明役の野村萬斎は(変な)迫力が満点だったし 昔のNHKの大河ドラマでもこんな感じだった 、博雅役の伊藤英明だけは原作っぽさが損なわれてなかったし。 それに道尊役の真田広之は野村萬斎とは又別種な魅力を出していて、これも結構良かったんじゃないかな?でも、時代劇で格好良い人間役って言えば、今は必ず真田広之を出すね。 こんな所にも邦画の層の薄さを感じてしまう。 姿を見せない謎の敵に、鮫島の取った行動は… 大沢在昌のベストセラー小説の映画化作品。 公開前に偶然立ち読みした写真週刊誌で あまりに恐ろしいキスシーン を見たため、とても劇場で観る気を失ってしまった 小説版は読んでいたので、観たいという気分はあったんだけど。 そう言うわけでテレビで拝見。 原作を上手く映像化していたと言うのが正直な感想。 原作でのトリックスターだったとっちゃん坊やがますます浮いていたのが気になったくらいか。 でもやはりこの映画での見所は主演二人だろう。 真田広之は元々映画映えする役者だし、奥田瑛二の狂気をはらんだ演技は絶品。 例の映画史に残る ? キスシーンはまさに奥田瑛二の独壇場。 いやはや、テレもなくマジになってあんな演技が出来るなんて…圧倒されてしまった いろんな意味で。 男二人のアップであそこまで魅せたあの演技が凄い。 お陰でそれまでテレビを通して知っていた奥田瑛二のイメージが崩れ、私の中で「凄い役者」に変わっていった。 いや、これほど華のある役者とは知らなかった。 ただ、この映画のカメラワークは 本当にテレビ的。 ふんだんに金かけているはずなのに、なんか普通のドラマに見えてしまうのはちょっと悲しい。 もう少し映画的に撮って欲しかったな。 スキャンダラスな題材を扱う.

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