音階 歴史。 平均律

まうかめ堂:音階、旋法、ソルミゼーション2

音階 歴史

西洋でのドレミファソラシドの7音階が主役となるまでの大まかな歴史についてまとめてみました。 音は高い音から低い音に下がる動きが自然な動きであり、それに適った表記となっていた。 人間は下に向かって動くという音の自然な状態から、上に向かったり音程を飛躍させたりといろいろな工夫してメロディーを作ろうとした。 そうした意志の現れの一つとして、上行型表記となったとされる。 この音階はまったく同じ2部分の組織(全全半+全全半)でできている。 階段の真ん中手前の踊り場と最後の地点が狭くなっていて上りやすい。 音を持ち上げるのに便利で、人間がメロディーをこしらえるのにも適している。 また後に主音、下属音、属音と呼ばれる3つの地点に和音を置くと、三つとも長三和音になる。 これはイオニアとまったく反対の性質を持っていたがゆえに生き残ったとされる。 組織上整然としておらず、音階の最後の地点も(全全)と広くなっている。 しかし主要三地点の和音は全部短三和音になる。 音階の最後の地点で上にあがる力をつけるため、7番目の音を人為的に半音高め、これが和声短音階となった。 三つの短三和音のうち一つは長三和音になり、エオリアの特質を一つ失った。 これをならそうと6番目も高め上へ行く力をさらに強めた。 結果、音階(全半全・全全半)の後半は長音階と同じになり、三つの短三和音のうち二つが長三和音となった。 このような変化がおきたのは上に行く力をつけるためで、下に下がる力は自然に備わっているので、もとのエオリアのままでもよいため、旋律的短音階となった。 現在私達が知っている三つの短音階(自然、和声、旋律)の形は、下へおりようとする音の自然な性質と、それを自由に扱いたい人間との戦いのプロセスであったとも考えられる。 カテゴリー: 投稿ナビゲーション.

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音階の生まれ育ち、短音階の解りやすい歴史解説

音階 歴史

誰もが知っている「ドレミ……」の起源とは? 私たちの生活にあふれる、いくつもの音楽。 最近の流行曲から、学校の授業で歌う曲、クラシックの名曲まで、数え切れないほどのメロディがつくられています。 世界中にある曲の数を数えようとしても、おそらく不可能でしょう。 メロディは、その組み合わせだけで無限につくることができるのです。 そんなメロディを誰にでも分かりやすく伝えるために、「音階」というものが存在します。 「音階って何?」という人もいるでしょう。 分かりやすくいえば、音階とは「ドラミファソラシド」のことですね。 私たちの知っているメロディの多くは、このドラミファソラシドで表せます。 音楽に触れたことのある人だったら誰でも知っている、なくてはならない表現方法と言えるでしょう。 では、このドラミファソラシドは誰がどのように作ったのでしょうか。 実は、これをつくったのは音楽家ではなく、有名な数学者だったようです。 「ピタゴラスの定理」と「ドレミファソラシド」の関係? ドレミファソラシドをつくった人の正体……。 それは、数学者のピタゴラスでした。 ピタゴラスと聞いてピンときた人は、きっと数学が大好きな人でしょう。 ピタゴラスは、三角形にまつわる「ピタゴラスの定理」を発見した人。 なんとその人が、ドレミファソラシドをつくったのです。 ピタゴラスは、世の中のいろいろなものを数学で解き明かしたいと考えていました。 まず彼は、音を出す「弦」とその長さに注目します。 弦とは、代表的な楽器だとギターやバイオリンに張ってあるもののことで、弾くと音が鳴る糸状のものが弦です。 さらにそこから、弦の長さには美しく響きあう比があることに気づきました。 彼はこの発見により、弦をいろいろな長さにして、相性のいい音色を探そうと努力します。 このようにしてピタゴラスは、弦の長さを調節することで、1オクターブの中に、相性よく聞こえる複数の音を発見してきます。 この相性のいい音=協和と、その逆にあたる不協和の現象の発見がもととなり、ドレミファソラシドの音階は生まれていったのです。 ピタゴラスが発見した音階は弦の長さで決められたものでしたが、我々が通常聞いている音階は振動数の比で決められています。 ちなみに、振動数とは「Hz(ヘルツ)」という単位で表されるものです。 とはいえ、今でも音楽で使われているドレミファソラシドという音階の概念は、ピタゴラスが最初に発見したものであることに変わりありません。 もしもピタゴラスがこのような定義をつくっていなければ、私たちは楽譜で音楽をイメージし、伝えていくという作業ができなかったかもしれないのです。 数学者ピタゴラスが作った「音の定義」は、私たちに大きなものを与えてくれたのでした。 人の心を動かす「音楽」の仕組みを学ぼう! このようなストーリーを聞くと、改めて「音楽の面白さ、奥深さ」を感じるのではないでしょうか。 無数にある音色にも、相性のいい音があるということ。 そして、それを組み合わせつつ、さらにメロディをつくることで、人の心を動かしたり思い出に残ったりするもの。 音色や音楽には、昔からそんな不思議な力があるんですね。 だからこそ、音楽という分野を学び、心地よい音色や素晴らしいメロディをつくり出すことには大きな意味があるのでしょう。 音の仕組みを知り、心に残るメロディを生み出すために、音楽という学問に没頭してみるのもいいかもしれません。

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西洋でのドレミファソラシドの7音階が主役となるまでの大まかな歴史についてまとめてみました。 音は高い音から低い音に下がる動きが自然な動きであり、それに適った表記となっていた。 人間は下に向かって動くという音の自然な状態から、上に向かったり音程を飛躍させたりといろいろな工夫してメロディーを作ろうとした。 そうした意志の現れの一つとして、上行型表記となったとされる。 この音階はまったく同じ2部分の組織(全全半+全全半)でできている。 階段の真ん中手前の踊り場と最後の地点が狭くなっていて上りやすい。 音を持ち上げるのに便利で、人間がメロディーをこしらえるのにも適している。 また後に主音、下属音、属音と呼ばれる3つの地点に和音を置くと、三つとも長三和音になる。 これはイオニアとまったく反対の性質を持っていたがゆえに生き残ったとされる。 組織上整然としておらず、音階の最後の地点も(全全)と広くなっている。 しかし主要三地点の和音は全部短三和音になる。 音階の最後の地点で上にあがる力をつけるため、7番目の音を人為的に半音高め、これが和声短音階となった。 三つの短三和音のうち一つは長三和音になり、エオリアの特質を一つ失った。 これをならそうと6番目も高め上へ行く力をさらに強めた。 結果、音階(全半全・全全半)の後半は長音階と同じになり、三つの短三和音のうち二つが長三和音となった。 このような変化がおきたのは上に行く力をつけるためで、下に下がる力は自然に備わっているので、もとのエオリアのままでもよいため、旋律的短音階となった。 現在私達が知っている三つの短音階(自然、和声、旋律)の形は、下へおりようとする音の自然な性質と、それを自由に扱いたい人間との戦いのプロセスであったとも考えられる。 カテゴリー: 投稿ナビゲーション.

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