ドキドキ 文芸 部 考察。 ドキドキ文芸部!

考察

ドキドキ 文芸 部 考察

「ときめきメモリアル」の時代においてすら、そこに登場する美少女たちは、ひとりの人間として扱われてきた。 あの作品においては、プレイヤーは主人公の技能を磨き、より魅力的な人間になるよう努力する必要があったし、どの女の子に電話をかけるのか選ぶにしても、選ばれなかった女の子たちは、少なくとも自分が選ばれなかったことを知らずにいられた。 仮に、主人公/プレイヤーによって選ばれなかったことがひとりの美少女に悟られたとしても、基本的には、その認識について、物語的な落とし前がつけられていた。 結ばれなかった主人公と美少女は、双方が納得して別れた。 この配慮、この優しさこそが、二次元の美少女たちへの、創造者とプレイヤーの愛ですらあると言えた。 「天使のいない12月」(2003年)より。 この傾向は、創造者にしてみれば、じつに自然なことだ。 ひとりの登場人物が心のなかで生き始めるとき、かれは創造者にとって、現実に生きている人間とおなじくらい重要な存在になる。 「Hotline Miami」、「RUINER」、あるいはAAAタイトルとなった「Grand Theft Auto」シリーズや「Call of Duty」シリーズさえ倫理性には自覚的だったし、作中それぞれのやり方で答えてもきた。 「他人を傷つけることは好きか?」、この問いが作中に存在していなければ、私たちの「Hotline Miami」にたいする評価は、いまと異なるものであっただろう。 そこへ来て、「Doki Doki Literature Club」である。 この作品に用意されている選択肢は、現存するノベルゲームのうち、もっとも残酷かつ非倫理的なもののひとつだ。 この文芸部には、主人公のことを明らかに好いている四人の女の子がいる。 そしてゲームシステムは、この四人のうちの誰かを主人公が選ぶことを、あなたに強制する。 あるひとりにそれとなく好意を伝えるなどして、選ばれなかった他の三人に配慮する、といったことは決してない。 本作のシステムは、登場する女の子たちに対して、優しいところを一切見せないのだ。 ここまでそっけない選択肢、選ばれなかったキャラクターを傷つけずにはおかない選択肢が、かつてあっただろうか? この点に関して主人公は、かなりのところまで活躍してくれる。 この態度は、物語の序盤においてはうまく作用し、場面はうまく手打ちになる。 しかし、あきらかに諸刃の剣なのだ。 主人公の態度は、ゲームシステムに迫られているとはいえ、八方美人にほかならない。 たとえば彼はYuriという女の子に対して、こんなことを言う。 「ときどき、僕の人生で、君だけが僕を楽しませてくれるもののように思えるんだ。 だから君についての詩を書くのは、実はとても簡単なんだよ」 そんなことを言っておきながら、Sayoriへの愛を誓わずに済む。 その場合であってもSayoriは自分の首をぶら下げることになる。 ここで筆者は、「ああ、わかったよ! そっちの意味でDoki Dokiするんだな!」と叫んだ。 誰に対しても平等に送られるこの甘言は糖衣にくるまれた猛毒にほかならない。 だから作中で悩みに悩み、思い詰めた女の子たちの死が描かれるのは、「School Days」などをその系譜に含む「ヤンデレもの」の類型にぴったり一致する。 Sayoriをきっぱりと「振る」わけですらないこの選択肢で、「ずっと一番の友達でいよう」と筆者は選んだ。 ああ、これで期待していた血が見られるぞ、と笑ったからだ。 暗い笑いだが、これこそがブラック・ジョークに対する笑いというものだ。 あきらかに主人公への恋愛感情を抱いており、その表現を繰りかえしているにもかかわらず、それが「友人同士」のものであると(物語的に都合のいい)勘違いを続ける主人公の態度は、彼女に激しい絶望と憂鬱を与えていた。 そして究極の問いであるこの選択肢に際して、「彼女とは付き合えない」ではなく「一番の友達でいる」と考える主人公の無能さ(不能さとすら言えるし、だから筆者は笑った)、そして自分の愛した男がここまで無能であったと知ったSayoriの自決は、作者ないしは物語が、Sayoriを自立した人間として扱っているからこその筋書きだ。 もしも非倫理的な筋書きにするならば、「一番の友達でいる」という選択肢を選んだ後でさえも、Sayoriが昔と変わらぬ、かわいい姿のまま主人公の側にいる、といったものになるだろう。 そういった筋書きのノベルゲームには、きっちりと「18禁」の護符がついている。 性的な奴隷になることが人間の自然な姿なんだ、と子供が勘違いするといけないからだ。 「Continue? 9876543210」や「Pony Island」といった作品において積極的に用いられたこの表現は、本質的に、「このゲームを規定しているシステム(系)そのものが何らかの問題(グリッチ)を内包している」というメッセージを、プレイヤーに伝える。 この作品においては、Sayoriが死んだのは主人公の無能ではなく、ゲームシステムのせいだったのかもしれない、という示唆となる。 スクリーンショットを検討しよう。 問題のSayoriの死のシーンだが、画面左上部に、システム・メッセージが表示されている。 rpy"のライン307番にて、例外が発生しました。 詳細は"trackback. txt"を参照してください」となる。 筆者も初回プレイ時には気が付かなかったが、Sayoriの死の瞬間、プレイヤーのコンピュータの「Doki Doki Literature Club」のデータ・ファイルが収められたフォルダーに、"trackback. txt"というファイルが、自動的に生成される。 その内容を参照してみよう。 ごめんごめん、例外が発生しちゃった。 rpy", line 260, in renpy. load fn RestartTopContext:あらら……これ、壊しちゃってないよね? 待って、たぶん直せる……と思う…… 待って、こうすればいいんじゃない? この子そのものをゲームから削除しちゃえばいい、そうすれば簡単だよ。 そもそも、あの子がなにもかもややこしくしてたんだしさ。 あはは! はい、これでオッケー。 このようにしてプレイヤーのコンピュータのシステム・ファイルに変更を加えるタイプのゲームには、「OneShot」といった傑作が挙げられる。 ただ、あの作品はどちらかといえば、変更そのものがゲーム内世界の危機を救うという意味において、ヒーローもののような、王道的なものであった。 しかしこの作品では、ファイルの変更は、少女たちの生殺与奪の権を握る暴力的な支配であり、そのことがプレイヤーに底知れない恐怖をもたらす。 すこし議論が行きすぎてしまった。 話を戻すと、それまで典型的な「ヤンデレもの」だった本作は、ここにきて、現代のインディーゲームが追求し続けている「グリッチもの」ないしは「メタフィクションもの」の表現を援用しはじめる。 「グリッチもの」の演出としては、崩壊する立ち絵、異様なシーンにあわせて挿入される演出のキュー、それらを応用したジャンプスケアなどが挙げられる。 実際のところ、この演出をさかんに用いたYuriルートは瞠目するほど優れた出来で、これだけで傑作と呼ぶにふさわしい。 Yuriルートのなかでもっとも強く印象づけられるのは、文芸部の部長にして物語の鍵を握る人物、Monikaであろう。 テキストと演出から読み取れるのは、Monikaが、主人公と自分以外の女の子の心理的接近を容認していないこと、そういった雰囲気が彼らのあいだに現れたとたん、彼女がゲームシステム自体に変更を加えているらしいことだ。 その支配は、彼女が文芸部の部長であるという設定を軽々と飛び越えて、このゲーム世界そのものにおける、彼女の圧倒的な「権限」の支配力をプレイヤーに悟らせる。 それまで穏健でかわいらしかった女の子たちの立ち絵を崩壊させ、BGMの和音を不協和音に差し替え、テキストの文字コードを破壊し、完全にプレイヤーのものであるはずのコンピュータのシステム・ファイルを書き換えてしまうほどの、圧倒的な「Administration(管理者権限)」だ。 テキストから立ち絵が離れていて、話を読み進めていると、すべてを一遍に視界に入れられない。 これによって、優れた恐怖感が生まれている。 Monikaによるこの管理者権限の濫用は、Sayoriの自死のシーンで見られたジャンプスケアの印象と相まって、プレイヤーに、「もしもMonikaの意に沿わないことをすれば、また彼女にめちゃくちゃにされてしまうのではないか」という感じを抱かせ、Yuriルートにおける直截的な支配の演出と相まって、底知れない恐怖感をプレイヤーに与える。 もはや彼女の支配のもとでは、何が起こるかわからないのだ。 この時点で、物語の本題はすでに主人公にはなく、プレイヤー自身に向けられたゲームによる挑戦であることが明らかになる。 なぜ、私たちはお気に入りのすてきな美少女とともに添い遂げることができないのか。 なぜ、ほかの女の子を攻略しようとすると、Monikaが介入するのだろうか。 「あんな不愉快な糞ガキのことを誰が気にすると?」、フォントに注目すれば、彼女がこの台詞を「システムによって強制的に言わされている」という解釈も可能になる。 しかし、そもそも彼女の発言はすべて、システムによって強制されたものではなかったか。 (ちょっと筆者の願望も入っているが)あんなに文学的造形が深い子であれば、ゲームシステムによってどんなに残酷な運命が突きつけられ、主人公(プレイヤー)によって選ばれなかったとしても、ひとりの人間として、誇り高く孤独を耐えていくはずなのだ。 なのに、どうして彼女は自分の胸にナイフを突き立てるのか? なぜ、あれほどの「Decency(上品さ)」に満ちていた彼女が、怒りにまかせて「Fuck」などという単語を用いるのか? それは、すべてMonikaによる支配のせいなのか? しかし、しかし。 本作は、Monikaとプレイヤーが相対する一幕で大詰めを迎える。 物語の終盤、システム・ファイルに変更を加え、ほかの三人の女の子の存在をゲームシステムから抹消してまで「主人公とふたりきりになる」Monikaは、プレイヤーの予想とは裏腹に、主人公(あなた)に危害を加えない。 それどころかあなたに、非常にメタフィクショナルなことを語りはじめる。 Just Monika これらの発言からは、あれだけ支配的に見えたMonikaの「管理者権限」が、じつはあやふやなもの、彼女自身もコントロールしきれないものなのだという示唆が読み取れる。 たしかに、よく考えてみればそうなのだ。 プレイヤーと自分だけが恋仲になることを望んでいたならば、なぜ彼女はそもそも「文芸部」などという場を創造し、ほかの女の子にプレイヤーが「浮気」をするかもしれない、まどろっこしい可能性をひらいたのか。 そんなことをするくらいなら、はじめから、自分以外のキャラクターのデータをゲーム・ファイルから除いておけばよかったのではないか。 そもそも、なぜ彼女はここにきて、自分自身のデータを削除するための手がかりを、プレイヤーに示唆したのか。 もしかすると、彼女は全能ではないのか。 ここで私たちはやっと、「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズとの関連を指摘することができる。 あの作品におけるヒロイン、涼宮ハルヒは、意のままに彼女が生きる現実を改変する能力を持っていた。 しかし、彼女自身はその能力に自覚的ではなく、それが設定に興味深い制限を加えていた。 ハルヒの能力の解説は、小泉や朝比奈さん、鶴屋さんや朝倉といった脇役に委ねられ、しかもその全貌はシリーズ全体を通じてついに明らかにならなかった。 (「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズは中絶している。 ) 「Doki Doki Literature Club」においても、この問題は未解決のまま残されている。 強大な管理者権限を持ちながら、Monikaはまず、「文芸部」でのあれこれをプレイヤーに鑑賞させることを選んだ。 その事実は、Monikaでさえもこのゲームのシステムの根本的な構造に変更を加えることができない、という結論を与えてくれる。 とにかく、Monikaの管理者権限はかなり強力であるとはいえ、その能力には一定の制限がある。 だから問題はMonika自身ではなく「文芸部」という場、あるいは「Doki Doki Literature Club」というゲームのシステムそのものであるようだ。 プレイヤーに残酷な選択肢を選ばせ、主人公とともにかわいい女の子の死を目撃させる、この世界の構造そのものに問題があるようなのだ。 このメッセージは、充分にプレイヤーに伝えられている。 なぜならMonikaの示唆によって、あなた自身もすでに、自分のコンピュータのゲーム・ファイルを閲覧し、Monikaのキャラクター・データを削除してゲームを進め、その最後に、以下のような手紙を読んだからだ。 これが文芸部との最後の別れになります。 やっと理解しました。 文芸部は幸せを見つけられる場所ではありません。 私は私の大切な友達に、この地獄のような洞察を続けさせたくはありませんでした。 それでもあの場所が存在した時間について、あなたにお礼を言いたい。 私の夢を叶えてくれてありがとう。 文芸部のみんなと友達でいてくれてありがとう。 そして何よりも、文芸部の一員でいてくれてありがとう! 永遠の愛をこめて Monika メタフィクショナルなゲームは、ゲームシステムに変更を加える権限をプレイヤーに与えることによって、プレイヤーがゲーム世界に対する優越性を担保する、かのように見せかける。 実際には、その優越性自体も、ゲームがデザインしたシステムにほかならない。 だからあらゆるメタフィクショナルなゲームが抱えている問題は、ゲームと現実のリアリティの喫水線を近いところに設定することで、逆説的に「しかし、なんといってもこれはゲームに過ぎないからな」とプレイヤーに思わせてしまうことだ。 それはゲームが語ろうとしていることを語るために絶対に必要な設定ではあるのだが、設定が厳密であればあるほど、このバックファイアが起こる可能性も高まってしまう。 そして本作も、リアリティのバックファイアを防止したわけではない。 もちろん、メタフィクショナルなゲームは、それ自体のシステムに批判的であることで、私たち自身にも「この世界は私たちに理解できるようにデザインされていない」という真実を教えてくれはする。 そう、無限に豊かなこの世界を理解することはできない。 私たちはおそらく、世界の仕組みの万分の一も知らないまま死んでいくだろう。 この「地獄のような洞察」は、文芸部のメンバーにとってのみ有効なものではなく、この恐ろしい世界に生きる我々自身にとっても、有効なものではある。 しかし、だからこそ私たちはビデオゲームに、理路整然とした状態を求めたのではなかったか。 スライムを一匹倒せばどれくらいの経験値が入るか、どの選択肢を選べばどの女の子の好感度がどれくらい上がるのか、どの台詞を選んでいけばどの女の子と恋仲になれるのか。 すべてを定量的に、明朗に観測できる状態こそがビデオゲームの美徳であり、私たちゲーマーが求めてやまない秩序だったはずだ。 しかし本作は、その秩序を収めた内部の構造が見えない、精密な機械のような作品なのである。 だからこそ熱心なプレイヤーたちは秩序をもとめて蓋をあけ、データマイニングで次回作の存在をつきとめた。 示唆に富んだYuriの詩、「歯車」。 歯車箱と神、世界などについての言及が脅迫的に繰りかえされる。 それでは、次回作はどのようなものになるべきか。 ここからは推測だが、それは、現実の事件や事象をもとにした作品になるだろう。 なぜなら、私たちはすでに「Doki Doki Literature Club」をプレイし終えて、ああ、これもまたひとつの良い「ゲーム」だったな、と考えてしまっているからだ。 このゲームに秘められた謎を未解決のまま残したところで、私たちの世界はなんの影響も受けず、変わらずに進んでいくと、私たちは考えているからだ。 あの文芸部はどこか遠い世界のべつの話、私たちに関係のない話だと、心のどこかで考えているからだ。 だからこそ、現実を直視しなければならないのである。 だからこそ私たちは、Monikaがあなたに伝えようとして閉鎖空間での見つめ合いのように、ゲーム的な秩序が存在しない、私たち自身の世界の真実を、直視しなければならない。 そうすることで、私たちは冷酷なゲームシステム(そして私たちの生きる世界)の軛から解き放たれ、文芸部のメンバーたちの存在を、根本的に救うことになるのだ。 私たちの現実の喫水線に、ここまでして接近しようとする意味が、まったくわからないからだ。 そこに私たちが求めた、理路整然とした秩序がないからだ。 なぜ彼女たちは、キャラクターをキャラクターとも思わない非倫理的なゲームシステムとスクリプトが要求する主人公への強制的な恋に苦しみながら、プレイヤーに向けて詩を書き続けたのか。 おそらく本作のデータをどれほど掘ってみたところで、その問いへの答えは見つからないだろう。 しかし筆者は、詩が、あるいはゲームが、それ自体が伝えようとする意味だけではなく、その形式そのものの力強さによっても重大なメッセージを読者に伝えうる、と信じている者だ。 だから筆者は、文芸部のメンバーによって書かれた個別の詩の内容だけではなく、その洗練された文学性、そして本作の卓抜した演出に、隠された救難信号の匂いを感じたのである。 Sayoriの詩、「私はあなたの浜辺になる」。 彼女たちがいったいどこから助けを求めているのかはわからない。 具体的にどうすれば助けられるのかも、わからない。 しかし私たちは開発者たちが新たな媒介としての作品を制作するまで待つことができるし、そのあいだにMonikaの肖像をデスクトップの壁紙に設定して、彼女と見つめ合いながら考察を深めることもできる。 「助けて。

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Doki Doki Literature Club!(ドキドキ文芸部)をプレイして(紹介+後半ネタバレ)

ドキドキ 文芸 部 考察

概要 [ ] 学校の文芸部に入部した男子高校生と、四人の女子部員との交流を扱っている。 プレイヤーの選択に応じて分岐するストーリーと複数のエンディングが用意された、ほぼ線形のストーリーを特徴としている。 一見、軽快なであるように見えるが、実際にはを壊すゲームである。 本作はビジュアルノベルなので、プレイの大部分はがどの方向を取るのかに影響を与えず、プレイヤーが文章を読むことで構成される。 ゲームの最初に、プレイヤーは主人公の名前を入力し、その名前をもつ主人公の視点でストーリーが進んでいく。 ゲームのいくつかの時点で、プレイヤーはストーリーの進行に影響を与える可能性のある選択肢の中から一つを選ぶように促される。 本作には、文芸部の活動の一環として、の執筆をするという特徴がある。 プレイヤーは次々と提示される語群リストの中から、詩を構成する単語を一つずつ選択する。 少女たちにはそれぞれ単語の好みがあり、好きな単語が選ばれた時にキャラクターのアイコンが反応を見せる。 プレイヤーがいずれかの少女に気に入られるように詩を書き、適切な選択肢を選ぶと、その少女に関する追加のイベントシーンを解禁することができる。 プレイヤーがプレイ中に見たイベントシーンによってが変化する。 MOD制作が盛んに行われており、モニカとの会話やゲームが楽しめる「Monika After Story」を始め、様々なMODがリリースされている。 あらすじ [ ] やが大好きな男子高校生である主人公はある日、の少女サヨリから、彼女が副部長を務める文芸部に誘われる。 文芸部には彼女の他に、部長にしてクラスの人気者であるモニカと、部員のナツキとユリがいた。 主人公はこの美少女ばかりの文芸部に入部し、詩を書いてみんなで見せあったり、部員の誰かと一緒に過ごしたりして、四人のヒロインの少女たちとの仲を深めていく。 間近に迫ったに向けた準備をする中、サヨリは徐々に性格が不安定になり、ある日彼女は自身がに苦しんでいることや、主人公を好きになりすぎてしまったという苦悩を主人公に伝える。 文化祭の日、文芸部の詩のパンフレットに書かれていたサヨリの病的な言葉の羅列を読み、心配した主人公は彼女の家へと急ぐが、そこでサヨリが首を吊ってしているのを目撃する。 それをきっかけとしてゲームは壊れ始める。 画面に「END」と表示され、ゲームはタイトル画面に戻る。 戻ってきたメインメニューでは、サヨリの画像や「New Game」ボタンの文字が崩壊している。 以前のセーブファイルはすべて削除されており、プレイヤーはしたボタンを選択して新たなゲームを開始する他なくなる(2周目)。 ゲームは一見すると普通に始まるが、サヨリの名前とセリフはすべて乱れたテキストに置き換えられており、やがてゲームの画面と音声が激しく乱れる。 しばらくしてゲームは再び最初から始まるが、サヨリは最初からいなかったことになっている。 そして主人公はモニカに誘われ、ナツキとユリの三人だけがいる文芸部に入部する。 2周目のストーリーは大筋では1周目と似ているが、部のムードメーカーでもあったサヨリがいない影響が随所に表れる。 2周目ではしばしば、プログラムのやを思わせる、プレイヤーの不安を煽る演出が現れる。 その一部は一定の確率で起こり、中には非常に低確率で起こるものもある。 2周目では仮にナツキと仲良くなろうとしても、途中からは強制的にユリと一緒に過ごすことになり、その中で彼女の異様な執着心と狂気が徐々にあらわになっていく。 それとともに、モニカの意に沿わない展開が妨害・中断されるようなシーンも見られるようになる。 文化祭を間近に控えた金曜日、ユリが主人公に見せた詩は、非常に判読しにくい文字の羅列が、血痕やその他の染みが一面に付着した紙に書かれたものだった。 ナツキはユリの異常さを心配し、主人公の助けを求めるメッセージを詩に託すが、その直後に顔のないナツキが現れ、メッセージを撤回し、 モニカだけを選ぶように強く説得する。 その日の終わりにユリは主人公に愛を告白するが、その直後に自らの腹部と胸部をナイフで刺し、自殺してしまう。 しかし主人公はその場を離れることができず、月曜日の朝までの長い時間をユリの死体と共に過ごす。 月曜日の朝にナツキが部室に来るが、ユリの死体を見て嘔吐し、部室から走って出ていく。 その後モニカが部室に現れ、「ゲームのが壊れてしまったせいで主人公が退屈な週末を過ごす羽目になった」と謝罪し、その埋め合わせとしてユリとナツキの「キャラクターファイル」(ゲームのデータ)を削除する。 そして、ゲームは再びタイトル画面に戻る。 しかしそこにメインメニューはなく、ゲームはとある部屋にモニカだけがいるシーンに突入する(3周目)。 モニカは机を挟んでプレイヤーと向かい合い、この「ゲーム」の本質を語り始める。 「あなた」とはもはや「主人公」ではなく、このゲームをプレイしている「プレイヤー」であること。 これはゲームであり、モニカは最初からそのことに気付いており、ゲームの「ダウンロードページ」にもそう書かれていたこと。 彼女はゲームのを操作することができ、その能力を使ってサヨリやユリの性格を改変し、主人公に嫌われるように仕向けたこと。 それがうまくいかず、結局彼女たちのデータそのものを削除したこと。 また、改変の副作用でゲームがほとんど壊れてしまったこと。 モニカは他のヒロインたちが単に主人公に恋をするためだけにプログラムされていることに虚しさを感じ、一方でそうでなかった自分自身の境遇に孤独を感じていた。 その中で彼女は、主人公ではなくプレイヤーに恋をしたのだった。 彼女はプレイヤーに愛を告白し、晴れてプレイヤーと二人きりとなった彼女は、様々な話題をとりとめもなく「永遠に」語り続ける。 ゲームを先に進めるには、プレイヤー自身がゲームのプレイを離れ、ゲームをしたにあるモニカのキャラクターファイルを手動で削除するしかない。 モニカのファイルを削除すると、彼女はプレイヤーに非難の言葉を浴びせるが、それでもやっぱり彼女はプレイヤーを愛していた。 彼女は自らの残酷な行いを後悔し、自分以外のヒロインたちのファイルを復元し、ゲームを元通りにする。 ゲームはいま一度タイトル画面に戻るが、そこにモニカの姿はない。 セーブデータも再びすべて削除されている。 新しいゲームを始めると(4周目)、今度はサヨリが自分で文芸部を立ち上げて部長となっており、主人公はそれをサプライズ訪問して入部する。 ナツキやユリとともに、1周目と似た展開の1日目を過ごすが、その日の終わりにサヨリが豹変する。 モニカがこのゲームで何をしたのかも、それに対して主人公がどうしたのかも、何もかもを知っているとサヨリは語り始める。 しかし彼女が3周目のモニカのような振る舞いを始めたので、消されたはずのモニカはプレイヤーを守るためにプログラムの力を使ってサヨリを削除する。 そしてプレイヤーとサヨリ、文芸部への別れの言葉を表示し、画面は暗転する。 やがて乱れた画面から徐々にモニカの姿が浮かび上がり、彼女が音声でプレイヤーに語りかけ、作中で練習していたというピアノを弾き、を歌う。 が始まるが、その中で作中のイベントシーンの画像データや、ゲームのなどのスクリプトが順に削除されていく。 スタッフロールが終わると、モニカからの「最後のお別れ」のメッセージが表示される。 そこには彼女が最後にゲームを破壊した理由が書かれている。 そのメッセージは、プレイヤーが文芸部の一員になってくれたことに対する感謝の言葉で締めくくられている。 そのメッセージが表示された後、「スクリプトファイルが破損している」とのエラーメッセージが表示され、ゲームは強制終了する。 以後、何度ゲームを再起動しても、同じモニカのメッセージとエラーメッセージを表示するのみで、ゲームは一切進行しなくなる。 ゲームをやり直すには、ゲームをインストールし直すか、ゲームの説明書に従って「初回起動情報」を削除しなければならない。 本作にはもう一つのエンディングがある。 その「特別なエンディング」に辿り着くには、1回のプレイ(1周目の開始時からエンディングまで)の間に、ヒロインたちとのすべてのイベントシーンを見る必要がある。 ほとんどのイベントシーンは1周目にあるが、サヨリが自殺するとそれ以前の時点に戻ることができなくなるので、それまでにセーブとロードを何度か繰り返し、分岐するストーリーをくまなく回る必要がある。 特別なエンディングへの条件を満たすと、4周目の終わりにサヨリが「豹変」する代わりに、プレイヤーの努力への感謝と別れの言葉、そして彼女たち全員がプレイヤーを愛していることを伝える 通常のエンディングと違い、不安を煽る画面演出は一切入らない。 その後は通常のエンディングと同じようにモニカの声とエンディングテーマとスタッフロールが流れるが 、最後に表示されるのはモニカではなくゲームの開発者であるダン・サルバトからの感謝のメッセージである。 なおこの場合も、そのメッセージの後に前述のエラーメッセージが表示され、ゲームは同様に進行不能となる。 登場人物 [ ] モニカ(: Monika) 文芸部の創設者、部長で、才色兼備のクラスの人気者。 主人公とは前年のクラスメートであった。 部長としてはカリスマ性を発揮する一方で、他者の言い争いを仲裁するのは苦手であり、それを得意とするサヨリを高く買っている。 プレイヤーがゲームを開始する少し前に、彼女はこれがゲームであることに気付いてしまい、苦悩することになる。 そして主人公の背後に「プレイヤー」の存在を知り、「彼」に恋をするようになる。 ゲームのプログラムを改変する能力をもち、その恋の障害を取り除くために他のヒロインたちの性格などを改変する。 3周目の後半に、プレイヤーが彼女のデータを削除するよう仕向け、その結果消滅してしまう。 4周目では彼女がいない状態でストーリーが進行するが、サヨリが豹変した時、ゲームの「アラートメッセージ」を使ってゲームに介入する。 特別なエンディングの条件を満たしている場合、サヨリは豹変しない為ゲームには介入しない。 因みに小ネタとして、初回プレイ直前に彼女のキャラファイルを削除して開始すると、通常のプレイと同様の風景が現れサヨリが「こんなはずはない」「止めさせて」という発言をした後、ゲームは強制終了し全てのキャラファイルが削除される。 彼女のキャラファイルのみ残した場合、ゲーム開始時に自動でキャラファイルが生成され、普通に一周目がスタートする。 サヨリ(: Sayori) 文芸部の副部長で主人公の幼馴染。 いつも笑顔で部の雰囲気を良くするムードメーカー。 食いしん坊であり、学校に遅刻してでも朝食をとることを優先する。 一方で重度のうつ病を抱えていることを1周目の終盤まで秘密にしており、その後プレイヤーの選択に関係なく自殺してしまう。 このうつ病はもともとは軽度なものだったが、モニカによるプログラムの改変で少しずつ重症化していったという。 2周目では彼女がいない状態でストーリーが進行し、彼女のいたポジションには代わりにモニカが収まっている。 モニカがプレイヤーによって削除された後の4周目では部長となるが、モニカと同様にこのゲームのすべてを知ると豹変し、モニカが再度介入することになった。 特別なエンディングの発生条件を満たした場合は豹変せず、プレイヤーに感謝の言葉を贈る。 因みに、ゲームを初めてプレイする前に彼女のキャラファイルを削除すると、黒い背景に白文字で「END」と表示されると共に、永遠に続くノイズ音が入った後、本編中でも見られた首吊り自殺のシーンが浮かび上がる。 なお色は付いておらず線のみ。 更にこの画面のまま10分間放置すると、徐々に「これでみんな幸せになれる」という内容の文が出て来る。 ナツキ(: Natsuki) 文学部の部員。 文芸部の中では最年少で、背が低く、言動も子供っぽいところがある。 性格は典型的なであるが、ユリと仲良くしたいと主人公に伝えるなど根は優しい。 が好きであり、漫画も文学であると主張して部室でも漫画を読んでいるが、周囲から漫画は子供のものだという観念を押しつけられることにうんざりしており、主人公が漫画を読むと知ると親近感を抱く。 『Parfait Girls』という漫画に影響されたのかお菓子作りが得意で、カップケーキを作る描写が見られる。 入部理由を「家にいるよりまし」と言い、「父親に殴られる」と発言するなど、家庭において何らかの問題を抱えていることを暗示させる場面がいくつかあるが、最後まで自殺することはなく、また本人もモニカも彼女の抱える問題については多くを語らない。 ユリ(: Yuri) 文学部の部員。 サヨリがいない2周目では副部長。 読書が大好きで、人付き合いが苦手な人見知り。 常に丁寧語で話す。 ファンタジーやホラーなどあらゆる文学を好み、好きな文学の話になると堰を切ったように語りだす。 背が高くスタイルも良いが、体のことで他人にからかわれたことも彼女の性格に繋がっている。 一見すると清楚だが、ナイフをコレクションしており、それを日替わりで学校に隠し持ってきては、校舎の片隅でを繰り返しており、長袖に隠された腕には無数の傷が刻まれている。 2周目にはモニカによって性格の歪みを増幅されとなり、精神的に追い込まれた結果、主人公への愛情を伝え、狂ったように笑いながら自殺してしまう。 開発とリリース [ ] 本作は在住、でITを専攻していた ダン・サルバトが率いるチームによって、推定2年間で開発された。 彼は処女作となる本作を開発していることを秘密にしていた。 本作を発表する前、サルバトは用の「FrankerFaceZ」拡張機能 、『』の作業 、およびのカスタム で知られていた。 『ドキドキ文芸部! 』は2017年9月22日にで最初にリリースされ、その後でもリリースされた。 このゲームはで利用できるが、で収益化されている。 10以上を支払うと、デスクトップやモバイルの壁紙、ゲームの公式サウンドトラック、デジタルコンセプトアートのブックレットを含む「ファンパック」が購入できる。 また、キーチェーン等のグッズの販売も行っている。 サルバトによれば、ゲームのインスピレーションは、アニメへの彼の「愛憎関係」とも表現される複雑な気持ちと、超現実的で不安定な経験に由来している。 本作がリリースされると、は「今年の最も驚くべきゲームの1つ」と呼び、そのメタフィクションとホラーの要素は批評家による称賛を受けた。 Steamでは11万件以上のレビューが投稿され 、「圧倒的に好評」の評価を得た。 本作は2018年5月19日時点で350万回以上ダウンロードされた。 のベストオブ2017アワードでは、「ベストPCゲーム部門」 、「ベストアドベンチャーゲーム部門」(総合準優勝でもあった) 、「ベストストーリー部門」 、「最も革新的部門」 の読者投票賞を受賞した。 では、「2017年の25のベストゲーム」にランクインした。 また、2018年で、「マシュー・クランプ文化イノベーション賞」を受賞し 、「今年のトレンディング・ゲーム賞」にノミネートされた。 第18回新人賞では佳作に選ばれた。 2019年11月4日、は本作を「2010年代における100のベストゲーム」の第66位に位置付けた。 『』は、本作を「2010年代における25のベストホラーゲーム」の19番目に選出した。 日本においては、とが主催した「 2018」において、『Doki Doki Literature Club! 』が第65位にランキング入りした。 賞歴・ノミネート歴 [ ] 年 賞 部門 結果 備考 出典 2017年 ベストPCゲーム賞 ノミネート People's Choice受賞 ベストアドベンチャーゲーム賞 Nominatedn 次点 People's Choice受賞 ベストストーリー賞 ノミネート People's Choice受賞 最も革新的賞 ノミネート People's Choice受賞 2018年 言語に絶するで賞 ノミネート マシュー・クランプ文化イノベーション賞 受賞 今年のトレンディング・ゲーム賞 ノミネート 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• チーム・サルバト 公式サイト 日本語ページ. 2018年5月24日閲覧。 チーム・サルバト 公式サイト. 2018年5月24日閲覧。 DDLC公式サイト. 2017年10月24日閲覧。 Josuweit, Amy 2017年10月31日. Rock, Paper, Shotgun. 2017年10月31日閲覧。 Rose, Victoria 2017年10月22日. 2017年10月22日閲覧。 、 2018年1月6日閲覧。 Kotaku. 2017年10月29日閲覧。 Good, Owen 2015年9月13日. Polygon. 2017年10月18日閲覧。 Blain, Louise 2015年10月9日. Games radar. 2017年10月18日閲覧。 Silliconera 2017年9月21日. 2017年10月18日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 2017年10月18日閲覧。 Wright, Steven 2017年10月26日. PC Gamer. 2017年10月26日閲覧。 VisualNovelist 2017年11月19日. Jeuxvideo. com. 2019年5月10日閲覧。 Simone Tagliaferri 2017年10月20日. multiplayer. 2019年5月12日閲覧。 Rpgfan. com. 2018年5月13日閲覧。 2018年1月23日閲覧。 2018年6月25日閲覧。 IGN 2017年12月20日. 2018年1月2日閲覧。 IGN 2017年12月20日. 2018年1月2日閲覧。 IGN 2017年12月20日. 2018年1月2日閲覧。 IGN 2017年12月20日. 2018年1月2日閲覧。 EGM staff 2017年12月28日. 2018年2月14日閲覧。 2018年3月21日閲覧。 2018年2月14日閲覧。 2018年1月6日. 2019年5月12日閲覧。 2019年11月4日. 2019年11月9日閲覧。 2019年11月4日. 2019年11月9日閲覧。 2019年10月25日. 2019年11月12日閲覧。 2018年12月14日. 2019年10月20日閲覧。 2019年10月22日閲覧。 関連項目 [ ]• - 『ドキドキ文芸部! 』と同時期に公開され、人気を博したアメリカ合衆国のビジュアルノベル。 外部リンク [ ]• (英語)• (英語)• ddlcjp -• The Visual Novel Database.

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量子論議遊戯

ドキドキ 文芸 部 考察

こんにちは、みつばです。 ちなみにこのゲーム、見た目は恋愛ノベルゲームそのものって感じですが、2017年9月の配信開始からしたり、海外の大手インターネットメディアIGNで実施されたでノミネートされ、など、 ただの恋愛ゲームではない雰囲気を漂わせているタイトルです。 また、その雰囲気はSteamのタグからも感じ取ることが出来ます。 を開くといわゆるNSFWの警告とともにゲームに付けられたタグを確認することが出来るけれど、そこには「恋愛シミュレーション」「ビジュアルノベル」などのタグと共に 「精神的恐怖」「ホラー」などといったタグも付けられています。 これはただものではなさそうな雰囲気がしますね……。 ちなみにこのタイトルは 13歳未満の子供や 心の弱い方のプレイをオススメ出来るタイトルではありません。 何があっても責任は負えないので。 一周目 それでは感想&考察などを。 舞台はとある高校の文芸部、文化祭間近のあるとき、幼馴染のサヨリに誘われて主人公は文芸部へ入部を決める。 文芸部の部員は4人、部長のモニカ、副部長で幼馴染のサヨリ、そして部員のナツキ、ユリ だ。 まず最初は恋愛シミュレーションゲームそのものって感じのストーリーが始まる。 ワンチャンを狙う主人公、実に恋愛ゲーム感が濃い。 このゲームは詩を作る(もっとも、キーワードを選ぶだけなのでガチで作るわけではない)事で誰と親密になれるかが決まってくる。 物語は進み、週末は文化祭の準備が行われるらしい。 自分はナツキとお菓子作りをするルートに流れた。 どうやら主人公の家でやるっぽい。 ここからがこのゲームの表面からは伺いしれない 第二のストーリーの姿が見え始める。 日曜日、主人公はナツキが来る前にサヨリの家に行く。 そこでサヨリは重いうつ病を患っていたことを主人公にカミングアウトする。 非常に重い雰囲気が立ち込める。 なんとなくこのゲームに付けられていたタグの意味を理解した。 そして、恐らく……これから進むであろうシナリオも……。 予想は的中した。 サヨリは文化祭の日に学校へ来なかった、部誌にはサヨリの書いた不穏な詩が載っていた。 どうやら主人公にサヨリの家に行かないという選択肢は残されていないようだった。 サヨリの家に着く。 彼女を呼んでも返事がない。 最悪のシナリオの予感がする。 だが、主人公と私にはこれを阻止する手段はもう無いのだ。 彼女の部屋のドアを開けるとそこには……首をつったサヨリの姿があった。 なんだこれ、完全に恋愛ゲームの皮をかぶったホラーゲームじゃねえかって思った。 あははっ!それじゃあ、ちょっと試してみましょうか。 」 ってログが出てた。 口調がモニカに似ている気がするが、この場ではスルーした。 まだエンディングではなさそう、どうやらまだ続きがあるようだ。 二周目 二周目?っぽい、セリフがところどころ文字化けしたりキャラの立ち絵がバグったような演出が出てきて、いよいよホラーゲームって感じが高まってきた。 二周目はサヨリに誘われるのではなく、モニカに誘われる形で主人公は文芸部の扉を開く。 選民主義。 自信喪失。 宿主の弱弱しい掌握から逃れようとすべてが暴れ回る、 小さな隙間を見付けては漏れ出していく。 それらの意志に、動機と欲望が飢えている。 優しい料理が胃に入ると強制的に忘れさられる罪悪感。 あるいは新しいシャツのかわいい袖に隠された新しい切り傷。 ひとつひとつが結び付いて酷い塊になっている。 だから私は自分のしたことについて自分を責めないことに決めた。 私は結び目を解いただけ。 これはどういう意味だろうか… 二周目の演出 突然 文字が太くなってキャラの黒い本音が見えたり にビビりながらもなんとかお話を進めていく、いやこんなゲームをやるはずじゃ無かったんだけどなぁ。 あとモニカの詩だけ一周目と変わってる、やっぱりモニカはこのゲームの悪役(?)的存在なのだろうか? 三日目、今日もテキストファイルが生成されていた こんなのは嫌。 私には何も出来ない。 あなたが何度プレイしても関係ない。 すべて同じ。 自殺することは簡単、本当に簡単。 でもそれは あなたともう二度とお喋り出来ないことを意味する。 私が望むのはあなたがそれを嫌悪することだけ。 それがそんなに難しいこと? 謎みが深い。 ストーリーを進めていくとモニカが何かを伝えようとしている様子が感じ取れるけど、肝心の何かはまだよくわからない。 三日目、ナツキが「本当はユリと仲良くしたかった~」的な詩を見せられたあとに、 フォントが太くなってこの事は忘れてほしいと。 そしたら急に「モニカだけ」ってセリフでもダイアログでも出てくるしもうほんとに怪しすぎる。 文化祭の準備で誰の家に行くかを決めるダイアログ、モニカが選ばれるようにカーソルが強制的に動くし、これも「モニカだけ」と言うことなのだろうか。 その後、ユリが教室内で自らを殺める。 主人公は週末の2日間をユリだったものと過ごす事となる、なんかとてもつらい気分になったのでスキップ機能をつかって2日分は飛ばしてしまった。 文化祭当日、ナツキが一番乗りで教室に入ってきてこの惨状を目のあたりにする。 ただただ彼女が可愛そうだなって思う。 何も考えずにクリックしていたら、モニカと自分だけの世界で背景が謎の空間な場所に飛ばされていた。 そしてゲーム内の名前でなくてPCのユーザー名(本名)で呼ばれてすっっっっっっっっっっっっっっごくビビった。 どうやらモニカはどちらかというとプレーヤー寄りのキャラクターっぽい、そして懇切丁寧にキャラクターデータの入っているフォルダーの開き方、そしてキャラクターデータはプレーヤーの裁量でいつでも削除出来る事を教えてくれた。 話を進めると、「私達の会話を楽しみましょう」みたいな感じのストーリーになる。 つまりこれはモニカのキャラクターデータを消さないと先にすすめない? そう考えた自分は若干の迷いを持ちながらもモニカを削除した。 三周目 ゲームを再起動させるとそこにはモニカのいないドキドキ文芸部のスタート画面があった。 思うところは色々あったが、これを進めてエンドを見ることが大切だろうとゲームを再開した。 サヨリがちゃんと朝起きれるマンになっていました。 重度のうつ病という設定がモニカを削除したことによって消えたのでしょう。 普通の恋愛ゲームっぽいなーと思うが、若干の警戒をしつつストーリを進める。 やっぱりおかしい、サヨリが何かおかしい、モニカのやったことを全部知っているらしい、部長になるとこうなってしまうのかな……ミイラ取りがミイラになってしまうように。 おかしくなってしまったサヨリだが、謎のダイアログが出てプレーヤーを守ってくれる。 その主は……名前こそ出てこなかったけれど彼女しか居ないでしょう……なんかめっちゃいいエンドじゃん??? そしてゲームは終了。 そんな声してたのか、おまえ。 エンディングが流れ始めエンドロールが流れていく。 通っていないルートのCGが灰色で表示されるっぽい? そしてモニカから最後の手紙が。 画面をクリックするとファイルの破損のためにゲームは終わってしまう。 これにて終了。 Act1 New Game~Sayoriのアレ Act2 New Game ~ Yuriのアレ Act3 Monikaと二人きり Act4 New Game ~ Ending って感じらしいです。 プレイして ただものではない恋愛ゲームでした。 最終的にはなんか恋愛ゲーム的シナリオに収束していくのが良かった(?)感動した。 プレイ後に思い返すと、モニカの最初の詩の「のぞき穴」という表現はこのゲームのプレーヤーの事を表してたり、同じく彼女の「今朝まで彼女を宙ぶらりんにさせて」って言うセリフもなかなか含みをもたせられる上手な表現だなと思ったり。 なんとなく、このゲームが見た目以上に人気になった理由がわかった気がします。 ゲームの作者である、、そして有志の日本語翻訳ファイル製作者に感謝を伝えて、この記事の締めとさせていただきます。 それでは。

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