ユーラシア プレート。 日本海東縁変動帯

プレートテクトニクス(その2)【野越三雄】(H25.11.25)|国立大学法人 秋田大学

ユーラシア プレート

国際宇宙ステーションから撮影したヒマラヤ山脈。 チベット高原から南方を見た図。 エベレストが中央付近に見える ヒマラヤ山脈(ヒマラヤさんみゃく、 Himalayan Range)は、ので、地球上でもっとも標高の高い地域である。 単に ヒマラヤということもある。 ヒマラヤは、とを隔てている無数の山脈から構成される巨大な山脈である。 西は北部上流域から、東は大屈曲部まで続き、、、、、パキスタンの5つの国にまたがる。 いずれも最大級の大河であるインダス川、、ブラマプトラ川、、の水源となって数々のを育み、このヒマラヤ水系には約7億5,000万人の人々が生活している(これにはの全が含まれる)。 ヒマラヤは、広義の意味ではとの衝突によって形成された周辺の山脈である、、、、などを含む。 広義のヒマラヤには、最高峰を含む、地球上でもっとも高い14のがあり、が100峰以上存在する。 一方で、アジアのこの地域以外には7,000メートル以上の山は存在せず、の6,961メートルが最高標高である。 以下では狭義のヒマラヤについて解説する。 西端はアフガニスタンのヒンドゥークシュ山脈へとつながる。 エベレスト(8,848メートル)、(8,586メートル)、(8,125メートル)をはじめ、世界でも有数の標高の高い山が数多く属している。 によると、ヒマラヤ山脈は、のへの衝突により形成された。 インド亜大陸の北上は続いており、ヒマラヤ山脈の成長も続いている。 各山々のには数説あり、エベレストは、中国の研究チームが測量した8,844メートルが最新データである。 測量技術の向上と地殻変動による推移が関係している。 注として、上記のデータには山頂の積雪3. 5メートルは含まれない。 地理 [ ] シッキムの () ヒマラヤ山脈の全長は西の(パキスタン)から、東のまで実に2,400キロに及ぶ。 地理学的には、ヒマラヤ山脈は標高と地質によって平行に走る3つの山脈に分類される。 3つのうちでもっとも後に形成された山脈は外ヒマラヤ(シワリク山地)と呼ばれ、およそ1,200メートルほどの高さの山で構成されている。 この山脈はヒマラヤ山脈の成長にともなって発生した土砂の流出物によって形成されたと考えられている。 この山脈の北隣に平行に走る形で、小ヒマラヤがある。 小ヒマラヤは2,000メートルから5,000メートルの標高の山々で形成され、マハーバーラト山脈とも呼ばれる。 小ヒマラヤと大ヒマラヤの間にはおよびという2つの肥沃な盆地があり、ここでは古くから高い文明が栄えていた。 もっとも北にあるのが大ヒマラヤで、3つの山脈の中でもっとも古い山脈である。 6,000メートル以上のピークを多数有し、世界でもっとも高いエベレスト、3番目に高いカンチェンジュンガがこの山脈に属している。 ヒマラヤは、東西にはおよそ5つに区分される。 もっとも西寄りに位置するのがパンジャーブ・ヒマラヤであり、からまでのインダス水系に属する山々である。 行政的にはインドのや、のとなる。 次いでその東に位置するのがガルワール・ヒマラヤ(クマオン・ヒマラヤ)である。 インドのに属する区域で、ガンジス川本流の源流域にあたる。 ガンジス本流の源流とされるもここに属する。 その東には、ネパール・ヒマラヤが広がる。 行政的にはに属する区域で、エベレストやダウラギリ、マナスルなど、ヒマラヤでもっとも高い山々がそびえる区域である。 その東はシッキム・ブータン・ヒマラヤで、行政的にはインドのとの区域となる。 もっとも東に位置するのがアッサム・ヒマラヤであり、行政的にはインドのとなる。 なお、この行政区域はすべてヒマラヤ南麓のものであり、ヒマラヤ北麓はすべて行政的にはのに属する。 ネパールとブータンの国土のほとんどがヒマラヤ山脈である。 パキスタンの、インドのなどの北部の地域がヒマラヤ山脈の中にある。 の南東部もヒマラヤ山脈に接しているが、チベット高原そのものは地理学的にはヒマラヤ山脈とは別の山系に分類される。 自然 [ ] 西ヒマラヤ亜高山帯針葉樹林(インドヒマーチャル・プラデーシュ州) ヒマラヤ山脈の植物相と動物相は、気候、雨量、高度と地質によって分類することができる。 気候は山脈の麓にあるから始まり、氷床と雪に覆われたまで変化する一方、年間は西より東の地域の方が多い傾向がある。 気候、高度、雨量と地質の複雑な変化が多様な生態系を育んでいる。 低地森林帯 [ ] ヒマラヤ山脈との間にはインダス川とガンジス川が流れる広い平野がある。 この平野は(またはインダス-ガンジス平原())と呼ばれ、地帯が広がっている。 この平原の西部は乾燥しているが東部は雨量が豊富であるため、東西で植生が異なっている。 北西部のパキスタンとインドにまたがるは有刺低木林に覆われている。 インド東部ののガンジス上流域には ()、とにまたがるには ()が広がっている。 これらのの落葉樹林は乾季になると落葉する。 は湿性の ()に覆われている。 テライ・ベルト(Terai belt) [ ] とからなる沖積平野にはテライ・ベルトと呼ばれる湿地帯が広がっている。 ()とは季節的に湿性になるのことである。 テライ・ベルトはモンスーンになると冠水し、肥沃な土砂が堆積する。 乾季には水が引くが、ヒマラヤから流れてくる地下水で高い地下水位がある。 テライ・ベルトの中心部には ()がある。 ここには世界でもっとも背の高い草で覆われた草原と、、落葉樹林、および常緑樹林が状に広がっている。 またテライ・ベルトはの生息域である。 ババール・ベルト(Bhabhar belt) [ ] テライベルトの標高の高い地域には、ヒマラヤ山脈から流れてきた岩石がしてできた ()・ベルトと呼ばれる地域がある。 ババールと低シワリク山脈は気候に属しており、この亜熱帯地域の最西部にはおもに ()(Chir Pine)を主植生とする ()がある。 低シワリク山脈の中央部にはを主植生とする ()が広がっている。 山地森林帯(Montane forests) [ ] ヒマラヤ山脈の中高度の地域には亜熱帯の森に代わって ()がある。 この地域の西部は ()と呼ばれ、東部のおよびの森は ()と呼ばれる。 これらの広葉樹林より標高の高い地域には ()および ()が広がっている。 高山帯(Alpine shrub and grasslands) [ ] 森林限界より標高の高い地域には ()と ()、および ()がある。 この地域より標高が高くなると地帯となる。 高山草原地帯は絶滅の危機にあるの夏の生息域となっている。 ヒマラヤ山脈の最上部はに覆われている。 プレートテクトニクス [ ] インド大陸は6,000キロ以上を移動し、4,000万年から5,000万年前にユーラシアプレートと衝突した ヒマラヤ山脈は地球上で最も若い山脈の一つである。 現代のプレートテクトニクス理論によると、ヒマラヤ山脈はとの間の沈み込みで起きた大陸同士の衝突による造山運動から生じた。 衝突はおよそ7,000万年前後期に始まった。 そのころ、インド・オーストラリアプレートは年間15センチの速度で北上し、ユーラシアプレートと衝突した。 約5,000万年前、このインド・オーストラリアプレートの速い動きによって海底の堆積層が隆起し、周縁部にはが発生してインド亜大陸とユーラシア大陸の間にあったを完全に閉ざした。 これらのは軽かったため、プレートの下には沈まずにヒマラヤ山脈を形成した。 今もインド・オーストラリアプレートはチベット高地の下で水平に動いており、その動きは高地にさらに押し上げている。 のとのもこの衝突の結果として形成された。 かつて海だった証拠として、高山地帯でなどのが発見される。 今もインド・オーストラリアプレートは年間67ミリの速度で北上しており、今後1,000万年の間でに向かって1,500キロ移動するだろうと考えられている。 この動きのうち約20ミリは、ヒマラヤの南の正面を圧縮することによって吸収される。 結果として年に約5ミリのが発生し、ヒマラヤ山脈を地質学的に活発にしている。 このインド亜大陸の動きにより、この地域はの多発地帯となっている。 氷河と河川 [ ] 航空機から見たヒマラヤ山脈。 いたるところが氷河に覆われている ヒマラヤ山脈には非常に多くのが存在し、面積は極地を除く地球上では最大である。 ほかにおもな氷河としては、 ()の、 ()氷河、山系の ()、エベレスト山系の ()などがある。 またには、、などがある。 ヒマラヤ山脈の麓は熱帯気候や亜熱帯気候に属するが、頂上部は万年雪に閉ざされている。 これらの万年雪は巨大な2つの河川の水源となっている。 西への流れはに流れ込み、インダス川はその西方水系の中でもっとも大きな河川である。 インダス川はチベットで ()と ()の合流地点から始まり、 ()、、、、などの河川と合流したのち、パキスタンを南西方向に横切り、に流れ込んでいる。 インダス川方面以外のヒマラヤ山脈の水源の多くはガンジス・ブラマプトラ川流域に流れ、両河川に合流する。 ガンジス川はヒマラヤ南麓にあるガンゴートリー氷河に流れを発する ()を源流としている。 氷河の下からバギーラティー川が流れ出す地点はゴームク(牛の口)と呼ばれ、標高3,892メートルである。 その後、下流でヒマラヤから流れ出した ()と合流し、そこからガンジス川という名に変わる。 アラクナンダ川のほうが長いが、ヒンドゥー教の文化や神話ではバーギーラティー川のほうが真のガンジスの源流であるとみなされている。 その後、リシケーシュで山脈から離れ、と合流したあと、のを南東に横切る。 ブラマプトラ川は、西チベットに発するが、チベットを東に流れ、を西に流れていく。 ガンジス川とブラマプトラ川は、で合流し、世界最大のデルタ地形を形成して、へ流れ出ている。 ヒマラヤ最東部の河川はを形成している。 エーヤワディー川は東チベットから始まり、ミャンマーを南に縦断、アンダマン海に流れ込む。 、、長江とは、ヒマラヤ山脈とは地質学的に区別されるチベット高原から始まるため、本来はヒマラヤ山脈を水源とする河川ではないと考えられている。 一部の地理学者は、ヒマラヤ外縁水系の川と分類している。 近年、ヒマラヤ山脈の全域で顕著な氷河後退現象が観測されているが、世界的なの結果であると考えられている。 この現象の長期的な影響は未知であるが、乾季の生活を氷河を水源とするの河川に頼る数億の人々に甚大な影響を与えると見られている。 湖沼 [ ] 北シッキムに数百ある湖のうちのひとつ。 この湖の高度は約5,000メートルである ヒマラヤ山脈には何百もの湖が点在している。 大部分の湖は5,000メートル未満の高度に存在し、高度が上がるとともに湖の規模は小さくなっていく。 最大の湖はインドとチベットの境界に横たわるで、4,600メートルの高度に位置し、幅8キロ、長さは134キロに及ぶ。 高い標高を持つ湖沼のなかで顕著なものとしては、標高5,148メートルにある北シッキムの ()がある。 そのほかのおもな湖沼としてはネパール北部の ()にある ()、シッキム州との境界にある ()などがある。 氷河活動に起因する湖沼は ()と呼ばる。 タルンは5,500メートル以上のヒマラヤ山脈の上部で見つかる。 気候への影響 [ ] ヒマラヤ山脈はインド亜大陸とチベット高原の気候に重大な影響を及ぼしている。 ヒマラヤ山脈は非常に冷たく乾燥した北極風がインド亜大陸に南に吹きつけるのを防ぎ、南アジアをほかの大陸の同じ緯度の地域より温暖にしている。 ヒマラヤ山脈は北上するを遮断し、テライ・ベルトで大量の降雨を発生させる原因となっている。 この降雨はヒマラヤ南面のほとんどの地域にあり、雨季の大量の降雨はヒンドスタン平原に豊富な水をもたらしている。 またこれによっては降雨量が少なくなり、やを形成する原因となっている。 冬季になるとの方から激しい気流が発生するが、ヒマラヤ山脈はその気流を遮断、カシミール地方に降雪ともバンジャブ州と北インドに降雨をもたらす。 ヒマラヤ山脈は冬季の冷たい北風を遮るが、一部がブラマプトラ川流域に流れ込み、インド北東部との温度を下げる。 この風が原因となり、これらの地方に冬季の間、北東モンスーンが起きる。 ヒマラヤのおもな地上交通 [ ] ブンラ峠 ヒマラヤ山脈の地形は非常に険しく、人を容易に寄せつけないが、いくつかの道が存在する。 ヒマラヤ東部 ()によって、インドのアルナーチャル・プラデーシュ州とチベットのが結ばれている。 が1959年のインド時に通ったルートでもある。 ナトゥ・ラ峠とジェレプ・ラ峠 とは、シッキムのとチベットのを結ぶルートであり、いずれもシッキム東部に位置している。 また、ナトゥ・ラ峠はシルクロードの支道の一部であると考えられている。 チベットとネパールを結ぶルート チベット側のとネパール側の ()の間には (、)があり、中尼友誼橋によって中国のとネパールの ()が接続している。 このほかに、チベットのやとネパールのを結ぶルートがある。 ヒマラヤ西部 インド、ネパール、チベットの付近には ()があるほか、インドのとチベットのの境界には ()がある。 カシミール-チベット・東トルキスタンルート のから、のを経てチベットに至るルートで、 ()に指定されている。 インド側には自動車道の世界最高地点のがある。 またラダックの北端にはがあり、とも結ばれていたが、いずれもインドと中国の政治問題のため、国境は閉鎖されている。 ヒマラヤの地政学と文化 [ ] 地方の僧院。 を知らせる僧侶 巨大なヒマラヤ山脈は、何万年もの間人々の交流を妨げる障壁となった。 特にインド亜大陸の民族と中国・の民族が混ざり合うのを妨げ、これらの地域が文化的、民族的、言語的に非常に異なっている直接の原因となった。 ヒマラヤ山脈は軍の進撃や通商の妨げともなり、はヒマラヤ山脈のためにをインド亜大陸に拡大することができなかった。 また、急峻な地形と厳しい気候によって孤立した地域が生まれ、独特の文化が育まれた。 これらの地域では、現代でも交通の便が悪いため古い文化・習慣が根強く残っている。 ヒマラヤに大きな影響を与えているのは、北のチベット系民族と南のインド系民族である。 山脈の大部分はチベット系民族の居住地であるが、南からやってきたインド系民族も低地を中心に南麓には多く住んでいる。 チベット系民族の多くは山岳地域に住み都市文明を持たなかったが、ネパールのカトマンズ盆地に住んでいる人は例外的に肥沃な盆地に根を下ろし、、、の3都市を中心とした都市文明を築いた。 カトマンズ盆地はにインド系民族のによって制圧されたが、ネワールは力を失うことなく、カトマンズなどではネワールとインド系の文化が重層的に展開した姿が見られる。 カトマンズ以外のネパールはインドと文化的なつながりが強く、チベットともややつながりがあるが、中国文化圏との共通性はほとんどない。 宗教的にも仏教徒は少なく、ヒンドゥー教徒が多く住む。 これに対し、その東隣にあたるシッキムやブータンはチベット文化圏であり、住民は仏教徒がほとんどである。 しかし以降、地理的条件の似ているネパールからの移民が両国に大量に流入し、シッキムにおいてはネパール系が多数派となり、ブータンにおいても一定の勢力を持つようになった。 これは両者の対立を引き起こし、この対立が原因でシッキムは独立を失い、ブータンでも深刻な民族紛争が勃発することとなった。 ヒマラヤ地域に広く分布するチベット民族は顔つきこそだが中国文化圏との共通性は低く、インド文化圏とも共通性は少ない。 チベットは古くからその孤立した地形によって独立を保ち、独自のチベット文化圏を形成している。 ヒマラヤ西部のパンジャーブ・ヒマラヤでは圏の影響が強い。 はイスラーム系住民が多数を占める地域である。 カシミールの北にあるは19世紀より領となっていたが、もともとチベットとのつながりの深い地域であり、住民もチベット系民族であって宗教もである。 その西はパキスタン領のであるが、この地域は歴史的にラダックとつながりが深く住民もチベット系であるが、宗教はイスラーム教であり、の際起きたではパキスタン帰属を選択した。 政治情勢 [ ] カルドゥン・ラ(Khardung La)。 の管理下にある。 後ろに18,380 (5,602メートル)と書いた看板が見える。 ヒマラヤの20世紀後半の政治情勢は、南北の2大国である中国とインドの影響力拡大と角逐の歴史であるといえる。 ヒマラヤ北麓のチベットは時代から中国の影響下にあったが、半独立状態を保っていた。 しかしの中国のにより完全に中国領となり、にはによってがインドへと亡命し、ヒマラヤ南麓のにを樹立した。 一方、南麓のインド側ではイギリス領インド帝国の支配のもと、ジャンムー・カシミール藩王国などいくつかのが存在し、また中国との間のとしてとが独立国として存在し、また両国の間にはがイギリスのとして存在していた。 しかしインドで独立運動が盛んになり、にが起こると、各地の藩王国はどちらかへの帰属を迫られるようになった。 ジャンムー・カシミール藩王国は藩王がであるが住民の80パーセント以上はであり、藩王が態度を決めかねるなか、イスラーム系住民が蜂起してパキスタン帰属を要求。 これに対し藩王はインドの介入を求め、これが引き金となってが勃発した。 この戦争の結果、カシミールはインド領のとパキスタン領のとに分断されることとなった。 その後、インドと中国はカシミール北東部(地区)やなどの国境線をめぐって対立を深め、にはが勃発した。 この戦争では勝利してアクサイチンやインド東北辺境地区を軍事占領し、東北辺境地区からは撤兵したもののアクサイチンは実効支配下に置いた。 この戦争ののち、インドはヒマラヤ地域への影響力を強化していく。 には先住民である・(チベット系)と移民であるネパール系の間で政治的対立の生じていたシッキム王国を制圧し、として自国領土へと組み入れた。 さらにには直轄領であった係争地・インド東北辺境地区をへと昇格させ、支配を強化した。 この動きを見たブータン王国は自国のアイデンティティの強化に乗り出し、には国籍法を改正するとともに、には「ブータン北部の伝統と文化に基づく国家統合政策」を施行し、チベット系住民の着用の強制(ネパール系住民は免除)、の化、伝統的礼儀作法(ディクラム・ナムザ)の順守などを実施して自国文化の振興に努めるようになったが、これはブータン南部に住むネパール系住民を強く刺激し、民族間の衝突が繰り返され多数のが流出することとなった。 一方、ネパールにおいてはによってにが復活したものの、一向に進まない国土の開発に不満を持った(マオイスト)がに武力闘争を開始。 さらににはが発生し、国王が殺害されて国王が即位した。 ギャネンドラは専制的な政治スタイルをとって国勢の回復をめざしたが、国民の不満は高まる一方で、国土のかなりの部分をマオイストに征圧される事態となった。 には王制が打倒されて民主化され、マオイストとも和平が成立し、には正式にネパールは共和国となった。 経済活動と登山 [ ] ネパールのエベレスト街道を中の 農業 [ ] ヒマラヤは急峻な山岳地帯であり農業にあまり適した土地ではないが、北麓のチベット側ではなどのやの栽培などが行われている。 また、ヒマラヤ南麓、特にネパールやブータンにおいては期に増水しすべてのものが押し流される河谷を避け、山腹の斜面にを作って農耕を行っている。 水力発電と利水 [ ] ヒマラヤから流れ下る川は氷河を水源とする豊富な水量を持っているうえ、険しい地形のため落差が激しく、の膨大な潜在能力を持っている。 特に源流の多くが発するネパール・ブータン両国において水力発電の開発は盛んに行われ、特にブータンでは電力が主要な輸出品となっている。 2013年度のブータンの水力発電量は150万キロワットに及び、大型の1基分に相当するが、この数字はブータンの潜在水力発電量のわずか5パーセントに過ぎず、ブータン政府はさらに積極的な発電計画を推し進めている。 インドにおいても、2006年には上流にあるのさらに上流(バギーラティー川)に、2,400メガワットの発電量を得る目的などでが完成し、首都の主要な水源となっている。 ヒマラヤからの河川でもっとも早く開発が進められたのはインダス川であり、パキスタン側にはやといった巨大ダムがヒマラヤ山脈西部に建設され、への灌漑用水を確保してこの地方を穀倉地帯とする一方、発電も行われている。 また、ヒマラヤから流れ下る川の水源であるチベット高原を領有する中国もチベット開発を進める中でヤルンツァンポ川()の開発を進めており、2014年11月23日にはヤルンツァンポ川の本流にチベット初の大型水力発電所である ()を建設したが 、このダム建設にはブラマプトラ川の水を・地方で生命線とする下流のインドが強い懸念を示している。 観光と登山 [ ] 近年では、世界最高峰エベレストに年間数百人が登頂するなど、ヒマラヤ各峰へのが盛んとなっている。 特に8,000メートル級の高峰が集中するネパールでは、登山や麓から山々を眺める観光が一大産業となっている。 登山客が支払う入山料はネパール政府の貴重な収入源となっているが、この収入が地元住民たちにきちんと還元されていないとして不満も根強い。 2014年2月には、登山客の増加を目的としてネパール政府は入山料の大幅値下げを行った。 ネパール政府は2014年、新たに104座の山への登山を解禁した。 一方でヒマラヤ山脈とその周辺には、急峻さや厳しい天候で登頂に成功していないや、宗教・政治上の理由で登山が禁止されている山々も存在する。 後者の例としては、ネパールでは、ブータンではが知られている。 宗教 [ ]。 「虎の巣」との異名でも知られている においては、ヒマラヤはヒマヴァット神として神格化されており、雪の神としてにも記載されている。 彼はガンガーとサラスヴァティーの2人の河の女神の父であり、また神の妻であるも彼の娘である。 ヒマラヤの各地には、ヒンドゥー教、、、、の施設が点在している。 著名な宗教施設としては、ブータンに初めて仏教をもたらしたによって建設された僧院とされているのなどがある。 の僧院の多くは、の本拠を含むヒマラヤに位置している。 チベットにはかつて6,000以上の僧院があった。 のもおり、とにはが建設されている。 ヒマラヤ山脈を舞台にした映画 [ ]• 白き氷河の果てに 、日本映画• The Golden Child(、アメリカ映画)• Kundun(、アメリカ映画)• Seven Years in Tibet(1997年、アメリカ映画)• LOC-Kargil(、インド映画)• 3 Idiots(、インド映画)• (2009年、アメリカ映画)• ヒマラヤ ~地上8000メートルの絆~(、韓国映画)• (、日本映画) ヒマラヤ山脈に関する書籍 [ ]• ブランシュ・クリスティーヌ・オルシャーク、アンドレアス・ゲルシュケ、アウグスト・ガンサー、 エミール・M・ビューラー著『ヒマラヤ - 自然・神秘・人間』[日本テレビ放送網、1989年、) 脚注 [ ] []• Oxford Dictionaries Online. 2011年5月9日閲覧。 辛島昇・前田専学・江島惠教ら監修『南アジアを知る事典』p594 平凡社、1992. 10、• Northern Book Centre. 2011年4月24日閲覧。 2011. 2011年4月23日閲覧。. Penn, James R. 2001. ABC-CLIO. 2011年4月23日閲覧。 gits4u. com. 2013年2月19日閲覧。 Planet Ark 2007年6月5日. 2009年4月17日閲覧。 People's Daily Online 2007年7月24日. 2009年4月17日閲覧。 Drews, Carl. 2010年11月14日閲覧。 Devitt, Terry 2001年5月3日. News. 2011年11月1日閲覧。 「世界地理4 南アジア」p385 織田武雄編 朝倉書店 1978年6月23日初版第1刷• 辛島昇・前田専学・江島惠教ら監修『南アジアを知る事典』p863 平凡社、1992. 10、• 「ビジュアル・データ・アトラス」p541 同朋舎出版 1995年4月26日初版第1刷• 「水力発電はブータンの「白色金」、2020年までにGDPの5割を目指す」 AFPBB 2013年07月08日 2014年12月29日閲覧• 「ヒマラヤ世界」pp138-139 向一陽 中公新書 2009年10月25日発行• 「チベット初の大型水力発電所、正式に稼働開始」 人民網日本語版 2014年11月24日 2014年12月29日閲覧• 2014年11月25日. 2019年7月27日閲覧。 「エベレスト登山者にごみ収集を義務化へ、ネパール」 AFPBB 2014年03月04日 2014年12月29日閲覧• 『朝日新聞』朝刊2017年11月8日(スポーツ面)• Dallapiccola, Anna 2002. Dictionary of Hindu Lore and Legend. Pommaret, Francoise 2006. Bhutan Himlayan Mountains Kingdom 5th ed. Odyssey Books and Guides. 136—7. BBC News. 2008年3月20日. People's Daily Online. 2005年10月27日. 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 ヒマラヤ山脈に関連する および があります。 外部リンク [ ]•

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中1理科「プレート」海溝・海嶺と4つのプレート

ユーラシア プレート

地球の内部深くから上昇したマントルが地表で広がっていく地溝帯は世界のあちこちにありますが、それを地上で目にすることができるのは、アフリカの大地溝帯 エチオピア)とこのアイスランドだけです。 北米プレートとユーラシアプレートの境目にあたるこの場所は、年間2~3cm動いており、アイスランドの国土は少しずつ広がっています。 ここでは、生きている地球を体感することができます。 また、この国立公園内には、ヴァイキングによる世界最初の民主議会が開かれた場所もあり、政治史的にも非常に重要な場所となっています。 ゴールデンサークルからもう一足延ばして訪れる豪快な3つの滝 デンマーク領フェロー諸島。 2007年ナショナルジオグラフィックトラベラー誌にて「世界で最も憧れの島」に選ばれた島をはじめ18の島からなります。 海にそびえる切り立った絶壁は、素晴らしい絶景であるとともに、パフィンをはじめとしたたくさんの海鳥に住処を提供します。 鳥の楽園ミキュネス島でのハイキングや、海抜600mを超える絶壁を見上げるバードクリフボートツアーを日程に盛り込みました。 *ご旅行金額につきまして* 旅行代金は全て総額表示です。 空港税・宿泊税や燃油サーチャージは追加徴収いたしません。 出発前の大幅な追加請求や空港税・宿泊税の支払いのために旅行中に手元の残金を気にかける必要がありません。 また、「キャンセル料半額制度」、「リピーター割引制度」も設けており、現在「早期割引キャンペーン」を実施中です。 詳しくはをご覧ください。

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産総研:日本列島の地殻変動の謎を解明

ユーラシア プレート

赤:トランスフォーム断層 茶:断裂帯 的に捉えれば、()と()が衝突している境界で、日本海側(ユーラシアプレート)が日本列島(北米プレート)の下に潜り込む運動をしている場所。 現時点では潜り込みがまだ浅く「衝突」の域を出ていないが、数百万年後の未来には新たなを生じて、海底地形としてはっきり表れると考えられている。 この部分をプレート境界とする根拠は、新潟県沖から北海道西方沖まで7規模のが線上に発生していたことによるもので 、特に秋田県沖を震源とする1983年のをきっかけとして「日本海東縁新生プレート境界説」 が発表されたことで注目された。 しかし、プレート境界の様式は不明で「 衝突境界」とする説と「 」とする説がある。 1995年のサハリン北部の付近の地震 M 7. 6 以降は、サハリン - 日本海東縁変動帯とも呼ぶことがある。 地質的特徴 [ ] この変動帯にほぼ沿う形で地震発生層の浅い領域が存在していて、北は積丹半島付近、渡島半島、東北脊梁山地を通り福島県西部付近で南西方向に向きを変え長野・富山県境から琵琶湖北に抜け、島根県東部まで続いている。 日本海の海底には日本海形成時に活動した断層群が残されており、後期までは引っ張り方向の応力場でが発達した。 以降には応力場が反転し圧縮方向に変わった後は、逆断層として活動をしている。 境界の位置 [ ] 日本列島の陸上部のプレート境界線は明らかになっていないが、 NKTL と繋がるとする説と、 - 間を通り ISTL へと繋がるとする説がある。 現在は後者の「佐渡島-能登半島間」説が有力であるが、新潟-神戸構造帯を延長方向として捉えると、、、、、の発生が見られる。 また1741年に北海道の渡島半島の熊石から松前にかけてを襲った、謎の大の原因となったとされる や、、などの地形がある。 活動状況 [ ] 約100年間隔で活動が活発な時期と比較的平穏な時期を繰り返しているが、20世紀後半から21世紀初頭にかけては活発な時期に当たっている。 また、サハリン東岸から北海道西方沖をへて新潟付近の地帯では、過去200年間でM6. 5を越える規模の地震を10回程度発生させている。 活動間隔 [ ] 堆積物調査などにより活動間隔が判明している主な場所、• サハリンの活断層:約2000年• 利尻トラフ付近での(海底堆積物)調査によれば、で約2300年前と5500年前と推定できる堆積物が見つかった。 奥尻海嶺:約1000年• 秋田県沖:約1000年 変動帯と周辺での地震 [ ] 以下は、過去約200年間に発生した地震のうちM 6. 5 以上の主な地震を抽出。 1792年 北海道 M 7. 1793年 寛政 M 6. 9からM 7. 1802年 M 6. 5からM 7. 1804年 M 7. 1828年 M 6. 1833年 M 7. 1847年 M 7. 1940年 M 7. 1964年• M 6. M 7. 5 - 南方沖約40km地点で発生• 1971年 の地震 M 6. 1983年 M 7. 1993年 M 7. 1995年 M 7. 2000年 M 6. 2004年 M 6. 2007年 M 6. 2011年 M 6. 2014年 M 6. 2019年 M 6. 7 地震の特徴 [ ] 震源域が海底にある地震の場合 [ ] 以北を震源とする地震では津波を伴い、約1000年程度の再来間隔で150年程度の幅を持ち集中して地震が繰り返されてきた可能性が指摘されている。 なお、震源が陸地に近いため太平洋側の海溝型地震と比較し 地震発生から津波到来までの時間が短い 、同じ津波マグニチュード Mt やモーメントマグニチュード Mw ならば 太平洋側の地震より大きな津波が発生する と言った特徴がある。 1833年 (津波による死者約 100 名) 以降、顕著な津波を伴った地震の発生が人々の記憶の中に無かったことから、「日本海側に津波は来ない」という俗説が信じられていたため1983年 日本海中部地震に於いて41人の死者を記録している。 また、1993年北海道南西沖地震に於いては、地震発生から数分で到来した津波により198人の死者を記録した。 能登半島以西の地震と津波に関しては、3回程度の津波を伴う地震の発生を示唆する研究もあるが、十分に解明されていない。 震源域が陸域にある地震の場合 [ ] 斜面の崩落を生じ規模の差はあるもののを生じる。 顕著な河道閉塞は1847年善光寺地震で記録されており、多数の溺死者を伴った。 活褶曲地域で有ることから2004年新潟県中越地震の様に伴い明瞭な地震断層を伴わないこともある。 地震の空白域 [ ] 積丹半島西方沖、奥尻島南、男鹿半島沖、佐渡島北方沖、三条地震と新潟地震の震源域の間など幾つかのが存在している。 空白域については「」を参照 調査研究 [ ] 提唱されてからの日が浅いため、観測の歴史が長い南海・東海・関東地域と比較すると地下構造の解明は不十分である。 しかし、1997年以降はのの観測点設置や、による観測により解明が進んでいる。 歪み集中帯プロジェクト [ ] 防災科学技術研究所が中心となり、日本国内の大学や研究機関が分野ごとに観測及び研究が行われ 、2013年には総括資料がまとめられた。 研究体制• 自然地震観測分野 主幹:防災科学技術研究所• 陸域における自然地震観測 防災科学技術研究所• 海域における自然地震観測 東京大学地震研究所• 電磁気学的手法によるひずみ集中帯発生機構解明と機構解明データセンターの運用 東京大学地震研究所• 活断層集中域および火山等ひずみ速度の速い地域における地震発生メカニズムの解明 京都大学防災研究所• ひずみ集中帯発生にかかわる地殻構造の研究 北海道大学大学院理学研究院• 東北日本弧におけるひずみ集中帯の地震発生機構の解明 東北大学大学院理学研究科• 構造的弱点におけるひずみ集中機構の解明 名古屋大学大学院環境学研究科• 伸張場におけるひずみ集中メカニズムに関する研究 九州大学大学院理学研究院• ひずみ集中と地殻内流体変動の解明 東京工業大学火山流体研究センター• 地殻構造探査 主幹:東京大学地震研究所• 反射法・屈折法による地殻構造調査• マルチチャネル等による海域地殻構造調査 海洋研究開発機構• GPS観測による詳細なひずみ分布の解明 主幹:名古屋大学大学院環境学研究科• 地形地質調査 主幹:東北大学大学院理学研究科• 陸域活構造の地形地質調査 東北大学大学院理学研究科• 海域活構造の地形地質調査 産業技術総合研究所• 強震動予測高精度化のための調査研究 主幹:防災科学技術研究所• 浅部・深部統合地盤モデルの作成 京都大学防災研究所• 震源断層モデル化手法の高度化 京都大学防災研究所• 強震動評価によるモデル検証 東京大学地震研究所• 歴史地震等に関する記録の収集と解析 主幹:東京大学地震研究所• 古地震・津波等の史資料の収集と解析 東京大学地震研究所• 近世以降の地震活動に関する観測記録等の収集と解析 地震予知総合研究振興会 年次計画 [ ] ひずみ集中帯の重点的調査観測・研究プロジェクト、年次計画 事業 担当機関 20年度 21年度 22年度 23年度 24年度 1.自然地震観測 陸域 防災科研 新潟県を中心とした地域の約300ヵ所に機動的地震計を設置・観測 海域 東大地震研 新潟沖 自己浮上式海底地震計 新潟沖 機動観測型海底ケーブル・インライン式地震計設置・観測 2.地殻構造調査 陸域・沿岸域 東大地震研 三条・弥彦沖 粟島東山・三島 六日町・直江津飯山・西頚城 酒田・新庄能代・花輪 沖合い海域 海洋開発機構 佐渡沖〜新潟沖 津軽沖 庄内沖〜秋田沖 3.GPS観測 名古屋大 2測線でGPSキャンペーン観測上越市〜南魚沼市、柏崎市〜南魚沼市 4.地形地質調査 陸域 東北大 越後平野西縁 越後平野両縁 信濃川断層帯 上信越地域 出羽丘陵 海域 産総研 粟島周辺 新潟沖 粟島・新潟沖 粟島周辺 新潟沖 5.強震動予測高精度化 防災科研等 既存データ収集 新潟地域浅部地盤モデル 山形地域浅部地盤モデル 秋田地域浅部地盤モデル モデル統合化 6.歴史地震の調査 東大地震研等 史資料・現存する地震波形記録の収集・整理 調査活動の例 [ ] 詳細な地下構造を解析する為に2010年8月は、1964年新潟地震の震源域の直上にあたる沖の南方海域の海底に、日本海側で初めてのケーブル式の高精度海底地震計 を設置し常時観測をしている。 また、海底だけでなく内陸部の変動帯の地殻構造解明の為の調査も行われ「東山-三島」「佐渡-会津」「三条-弥彦沖」といった横切るデータを収集することで、発生する地震の規模、発生時期の長期評価等の精度を上げる為の調査が行われた。 日本海地震・津波調査プロジェクト [ ] 2011年のをきっかけに観測研究計画の見直しが行われ、研究が遅れている日本海沿岸の地震および津波研究が進められることとなった。 そして、この建議に基づき2013年度から、北海道沖から九州沖までを調査対象とする8年計画の日本海地震・津波調査プロジェクト が開始された。 脚注 [ ] []• FNN. jpプライムオンライン 記事:2019年6月19日• 佐藤比呂志 ほか、「ひずみ集中帯地殻構造探査・三条-弥彦測線の成果 総特集 日本海東縁ひずみ集中帯の構造とアクティブテクトニクス 2 」 『月刊地球』 32 7 , 403-410, 2010-07,• 渡辺真人 ほか、 『JAMSTEC深海研究』 2000年 第16号• これ以前は、日本におけるユーラシアプレートと北米プレートの境界は北海道の日高山脈付近を南北に走っているという説が主流だったが、これ以降は日本海東縁とする説が定着した。 卯田強、平松由起子、東慎治、 新潟大学理学部自然環境科学科地球環境科• , 地球惑星科学関連学会2003年合同大会 地震学セッション S045-P017• 『活断層研究』 1996年 1996巻 15号 p. 128-132, :• 相田勇、 『東京大学地震研究所彙報』 第59冊 第4号, 1985. 30, pp. 519-531• 『第四紀研究』 2000年 39巻 6号 p. 569-574, :• 地震予知連絡会 会報第90巻• 日本地震情報研究会 2004. 防災科学技術研究所• ひずみ集中帯の重点的調査観測・研究プロジェクト• 海洋研究開発機構• 『地震予知連絡会会報』 第86巻• 東京大学地震研究所• 地震調査研究推進本部• 日本海地震・津波調査プロジェクト事務局 参考文献 [ ]• , 大竹政和, 平朝彦 ほか「」『日本地質学会学術大会講演要旨』第106巻、、1999年、 116頁、 :。 「」『東京大学地震研究所彙報』第58巻第3号、、1984年1月、 711-722頁、。 日本海東縁の活断層と地震テクトニクス 編集:大竹政和、平朝彦、太田陽子 出版: 東京大学出版会 2002年• 第 92 冊 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• 防災科学技術研究所• 地震調査研究推進本部 地震調査委員会 平成15年6月20日.

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