リバー フェニックス 兄弟。 ホアキンフェニックスの兄弟の秘話

リヴァー・フェニックス 死因と親友・ジョニー・デップとの関係は?

リバー フェニックス 兄弟

ホアキン・フェニックスがデモに参加して逮捕 ホアキンさんの逮捕について「シネマトゥデイ」は次のように報じています。 映画『ジョーカー』のホアキン・フェニックスが気候変動に関する デモ活動中に逮捕された。 で開催してきた抗議活動「Fire Drill Fridays(金曜日の火災訓練)」の最終日に参加。 アメリカ合衆 国議会議事堂前の階段を占拠し、 妨害や迷惑行為で逮捕されることになった。 アメリカ合衆国議会議事堂警察は今回のデモで147名を逮捕したと発表し、 「Fire Drill Fridays」の広報はその中にホアキンと 俳優のマーティン・シーンも含まれていると認めた。 二人は すでに釈放されており、 どんな罰則が科されたのかは不明だ。 ヴィーガン(完全菜食主義)で知られるホアキンは、 デモ活動では肉食および酪農産業を批判していたという。 (2020年1月11日配信) 上記の通り、彼は国会議事堂前の階段を占拠したことで「妨害行為」および「迷惑行為」で逮捕されるに至りました。 しかし、既に彼は釈放されており、身柄は拘束されていません。 口の傷は口蓋裂の痕? ネット上ではホアキンさんについて 「口蓋裂」(こうがいれつ)という噂が囁かれています。 先天的な病気ではありますが、外科手術により治療することが可能です。 ただ、場合によっては 手術痕が残る場合があるのです。 実は、彼にも手術痕と思われる 傷が確認されています。 問題の傷がこちらです。 確かに、口と鼻の間に口蓋裂の手術痕と思われる傷が確認できますが、本人がそれを 公表した事実はありません。

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ゴールデン・リバー

リバー フェニックス 兄弟

かつてはリーフ・フェニックス( Leaf Phoenix)の芸名で活動していた。 役者一家として知られるフェニックス家の次男で、早世した映画俳優は兄、女優は姉、女優は妹にあたる。 また妹がの実弟であると結婚した事から、アフレック家とも一族関係にある。 『』への出演から子役としての経歴を積み始める。 26歳の時に出演した『』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、若手の個性派俳優として注目を受けた。 その後も『』『』などの話題作に出演を続け、2006年に『』でとを受賞、俳優としての名声を確立した。 2008年10月27日には歌手への転向を宣言してアメリカの映画界を騒然とさせたが 、後にモキュメンタリー作品の為の芝居であった事が公表された。 2012年、復帰作となる『』で主役のフレディ・クィエル役を演じ、をと共同受賞した。 生い立ち [ ] のにて生まれる。 父ジョン・リー・ボトムは出身 の で、その後宗教団体「 Chidren of God 」の宣教師になっていた。 ボトム家はイングランド系、ドイツ系、フランス系の祖先を持っている。 母アイリン・シャローンはブロンクス出身の東欧系(との)で、同じく宣教師として活動していた。 1969年、両親は結婚時に「」に入信し、熱心な信徒として活動した。 ホアキンがという土地で生まれたのも同団体のコミュニティが南米に形成されていたからで、特に祖先の出自などとは関係ない。 後に兄のは幼少時に目撃した同団体の腐敗と異常性を告発しているが、1978年に両親も信仰心を失って団体を離脱した。 一家は新しい生活の為にフェニックスという名字に改名してアメリカに戻り、まだ4歳だったホアキンは生まれ故郷から引き離されている。 俳優一家として [ ] アメリカから戻った一家だったが、生活基盤を失った状態では貧困に苦しむより他になかった。 両親は共働きで生活費を工面しようとしたが5人兄妹を育てるのは苦しく、兄妹も街頭に出て歌や演奏を行って金銭を恵んで貰う日々を送った。 そんな折に兄妹の一人が子役を探していたスタジオの社員からエキストラとして雇われ、CMに出演する機会を得た。 これを契機に兄妹はそれぞれ子役から芸能界への道を進むが、ホアキンは子役に進む兄弟達と距離を置いて父と南米を回る旅に出ており、この経験から現在でもを流暢に話す事ができる。 キャリア [ ] 1982年、自らも俳優の道に進む決意を固め、兄が出演していたテレビシリーズで初演を果たしている。 当初は リーフ・フェニックスという名義で活動していたが、15歳の時から本名と組み合わせた ホアキン・フェニックスを使用するようになった。 映画出演は1986年の『スペースキャンプ』で、翌年には『』で初主演を務めている。 1980年代後半から1990年代後半にかけ、映画やテレビで子役として出演を重ねていった。 1993年に兄との所有するナイトクラブを訪れたが、そこで兄が麻薬の大量服用で死亡する事件が起きる。 事件現場にも居合わせていたホアキンが平静さを失って救急隊員に電話している通話記録が繰り返しテレビで放映され、マスコミの過剰な取材攻勢に嫌気が差して一時的に映画界から距離を置いた。 翌年に友人の薦めで俳優に復帰し 、監督の『』(1995年)や監督の『』(1997年)などで憂鬱な雰囲気を持った青年を演じた。 また『』(1997年)では再び主演を務めた。 スターへ [ ] 2000年公開の『』で 、監督から主役の宿敵であるローマ皇帝役に抜擢され、主演のに一歩も引かない演技を見せた。 同作でやなど名立たる映画賞の助演男優賞にノミネートされ、個性派俳優としての知名度を確立した。 その後も『』(2002年)、『』(2004年)、『』(2004年)などの話題作に出演を続ける. またその間には『』(2003年)で声優にも挑戦している。 そして『』(2006年)で歌手のを、劇中歌も自ら担当して演じきり、とを同時受賞し、二度目のアカデミー賞ノミネートを受けた。 同年、からアカデミー会員に推挙された。 突然の歌手転向 [ ] 2008年10月、のチャリティーイベントに出席した際、俳優業を引退してミュージシャンの道を進むと発言。 当初はゴールデングローブ獲得に繋がったとの関連が噂されたが、ジャンルがであった事から一層に世間の話題を集める事になった。 歌手転向の動機については「俳優活動は疲れた」という趣旨の発言を行った。 義弟が撮影しているドキュメンタリー映画の為の演技ではないかとする説も囁かれたが、本人は一貫して否定した。 2009年3月13日に多くの噂が飛び交う中でラッパーとして最初のコンサートを開催、以前からは想像できない髭だらけの風貌で即興のラップを披露した。 しかし途中で野次馬の罵声に激怒してステージをおり、観客につかみ掛かる騒動となった。 2010年9月8日、ドキュメンタリー映画の主演として監督のケイシー・アフレックとベネチア国際映画祭に出席する。 映画祭でアフレックは作品の真偽について曖昧な返答を行っていたが、帰国後の9月17日にで作品がであり、歌手転向も演出であったと語った。 俳優復帰を受けて監督の『』への出演など、複数のオファーや憶測が飛び交った。 復帰 [ ] 2011年、監督の次回作『』への出演を発表、翌年に公開された。 が題材の同作で戦争後遺症に苦しむを演じ、2012年に三大国際映画祭の一つであるで(ヴォルピ杯)を授与された。 2013年、とにされた。 映画界への完全なカムバックを果たし、同年には『』『』『』に続いて四回目となる監督とのタッグで制作された映画『』がで上映された。 両作品ではそれぞれ2013年・2014年の主演男優賞にされた。 2017年、監督の『』に出演し、過去にトラウマを持つ元軍人の冷酷な殺し屋を演じた。 本作の演技でのを受賞した。 2019年、監督の『』において、を演じ、でドラマ映画部門の、でを受賞した。 エピソード [ ] 2016年から、『』で共演したと交際している。 兄同様、厳格なベジタリアン()で 、撮影にどうしても必要だと納得しない限り、毛皮や皮も身につけないという。 また、をサポートする など、環境問題などのチャリティにも積極的に関わっている。 を描いたの映画『』()に、、、らと出演している。 自分の出演した映画は見ないと語っている。 での演技が話題を集めたが、元々変わり者としての部分はあったことも真実味を増す理由となった。 菜食主義の一方でアルコール中毒を患っており、2005年には病院で中毒克服の治療を受けている. 2006年に運転中に横転事故を起こして、たまたま通りかかった映画監督のに助けられている。 この時、車からはガソリンが漏れるなどかなり危険な状態にあったが、ホアキンは車中で煙草を吸おうとした。 ホアキンが動転していると思ったヴェルナーは「落ち着け(Just relax)」と叫んでライターを奪ったが、ホアキンは平然と「ええ、落ち着いてますよ(I'm fine. I am relaxed. )」と答えたという。 2013年、『』でアカデミー賞主演男優賞ノミネートが確実視された際、賞レースを嫌うホアキンは「アカデミー賞なんかただの出鱈目(bullshit)だよ」と発言して話題になった。 賞を否定する発言にも関わらず、は同年の主演男優賞にホアキンをノミネートした。 役者だけでなく、の監督やテレビ番組の企画編集など多様な活動をしている。 復帰作となった『』への出演は、共演したの推薦によるもの。 『』で役を演じたは、同役を『』における帝に影響を受けながら演じたと述べている。 Contemporary theatre, film, and television, Gale Research Co. , 2002, p. 213• 2008年11月4日閲覧。 2008年11月4日閲覧。 Cieply, Michael 2010年9月16日. The New York Times. Waxman, Sharon 2012年9月8日. The Wrap. 2012年9月9日閲覧。 Contemporary theatre, film, and television, Gale Research Co. , 2002 , p. 213,• Naomi Pfefferman 2002年4月12日. Jewish Journal. 2007年9月1日閲覧。 Roberta and David Ritz October1995. Us Magazine. 2007年9月1日閲覧。 Mary Rourke 2008年. LA Times. 2008年4月14日時点のよりアーカイブ。 2008年4月11日閲覧。 Paul Fischer 2000年. Dark Horizons. 2007年8月22日閲覧。 [ ]• John Clark 2007年9月6日. Variety Magazine. 2007年9月7日閲覧。 - (英語)• (2006年7月6日時点の)• シネマトゥデイ. 2008年10月30日閲覧。 Mohr, Ian 2017年1月10日. 2017年4月23日閲覧。 Guglielmi, Jody 2017年5月29日. ' '. 2017年5月29日閲覧。 Look To The Stars. 2007年8月22日閲覧。 Amnesty International. 2007年8月22日閲覧。 Serena Kappes 2004 -September 29. People Magazine. 2007年8月25日閲覧。 CBS News. 2005年4月13日. 2009年1月2日閲覧。 GQマガジン 2012年. 2014年8月20日閲覧。 シネマトゥデイ 2017年5月29日. 2018年3月23日閲覧。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - (英語)• 英国 , 外国 1952• 英国 , 外国 1953• 英国 , 外国 1954• 英国 , 外国 1955• 英国 , 外国 1956• 英国 , 外国 1957• 英国 , 外国 1958• 英国 , 外国 1959• 英国 , 外国 1960• 英国 , 外国 1961• 英国 , 外国 1962• 英国 , 外国 1963• 英国 , 外国 1964• 英国 , 外国 1965• 英国 , 外国 1966• 英国 , 外国 1967 1968-現在• 1968• 1969• 1970• 1971• 1972• 1973• 1974• 1975• 1976• 1977• 1978• 1979• 1980• 1981• 1982• 1983• 1984• 1985• 1986• 1987• 1988• 1989• 1990• 1991• 1992• 1993• 1994• 1995• 1996• 1997• 1998• 1999• 2000• 2001• 2002• 2003• 2004• 2005• 2006• 2007• 2008• 2009• 2010• 2011• 2012• 2013• 2014• 2015• 2016• 2017• 2018• 2019.

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リバーフェニックスについて :今、話題・流行・旬のキーワード

リバー フェニックス 兄弟

アホ満開のウエスタン・ファンタジー。 2018年。 ジャック・オーディアール監督。 ジョン・C・ライリー、ホアキン・フェニックス、ジェイク・ギレンホール、リズ・アーメッド。 ゴールドラッシュに沸く1851年、最強と呼ばれる殺し屋兄弟の兄イーライと弟チャーリーは、政府からの内密の依頼を受けて、黄金を探す化学式を発見したという化学者を追うことになる。 政府との連絡係を務める男とともに化学者を追う兄弟だったが、ともに黄金に魅せられた男たちは、成り行きから手を組むことに。 しかし、本来は組むはずのなかった4人が行動をともにしたことから、それぞれの思惑が交錯し、疑惑や友情などさまざまな感情が入り乱れていく。 comより 毎度おおきに。 見ててイライラするダンスは パラパラ。 おちょくられてる気がするのだ。 もし買い物帰りの私の前にギャルが現れてこれ見よがしにパラパラを踊り始めたら大根で殴りつけてしまうと思うし、もし私がパラパラコンクールの審査員を務めたらEメールで全員失格の旨を主催側に伝えると思う。 きっとギャルたちは悲しむだろうけど、悲しみの先にこそ喜びがあるとオレは思ってる。 そもそもギャル自体がめっきり減ったでございますな。 巷ではギャル絶滅論なるものがまことしやかに囁かれているけれども果たして本当にそうなのだろうか。 ちなみに私が思い描くギャルのイメージは「あまり品がない、とんだ跳ねっ返り、写真を撮るとき俯く」。 これらすべてに該当する人物が一人いる。 私であった。 品のない跳ねっ返りだし、写真嫌いゆえにすぐ俯く。 うむ、私で間違いない。 ギャルとはほかならぬ私自身だったなあ。 ちょべりばー、とか言った方がいいのだろうか。 とりま渋谷でオケってくる。 そんなわけで本日は 『ゴールデン・リバー』です。 どうでもいいけど、たった今ゴールデンレトリバーを抱きしめたいと思った。 一攫千金を狙う採掘者たちの腹の探り合いを胃痙攣起こすような迫力で描いたジョン・ヒューストンの最高傑作だ(あのハンフリー・ボガートが姑息で強欲な男を演じている)。 ゴールドラッシュとは新たに発見された金脈に人々が群がる現象のこと。 いわば早い者勝ちの金採りゲームのことだな。 ゴールドラッシュは19世紀頃に世界中で発生したが、最も有名なのは1848年にエルドラドで砂金が発見されたことに端を発した「カリフォルニア・ゴールドラッシュ」だろう。 このニュースはたちまち世界中に広まり、一攫千金を夢見るアメリカンドリーマーが30万人以上カリフォルニアに殺到した。 坑夫、商人、ならず者、いちびり…。 命知らずのドリーマーたちは金脈のためなら虐殺行為や環境汚染も厭わない。 金に狂って欲望を剥き出しするさまはアメリカンドリーマーというよりゴールデンクレイジーであった。 そんな人間の醜さを炙り出した 『黄金』のほかにも、チャップリンの 『黄金狂時代』 (25年)や、ペキンパーの 『昼下りの決斗』 (62年)などもゴールドラッシュを背景をした作品だ。 押し並べて言えることは 人々が掘ったものは金じゃなくエゴだったということだな。 そこで本作 『ゴールデン・リバー』。 アメリカ西部になんの思い入れもないであろうフランス人の ジャック・オーディアールが監督を務めていることから分かるように 西部劇正史からは大きくかけ離れた作品である。 主要キャストは ジョン・C・ライリー、 ホアキン・フェニックス、 ジェイク・ギレンホール、 リズ・アーメッド。 そしてもう一人… ジョン・C・ライリー。 ようやくライリームービーを扱う日がきましたか。 まずこれだけは言っておく。 人はジョン・C・ライリーを見るために働いたり結婚したり家を建てたりする。 つまり人生の意義とは「ジョン・C・ライリーを見ること」にほかならないわけだ。 低俗なJ-POPでは「キミに会うために生まれてきた」などと狂ったことを歌ってるが、違う、ジョン・C・ライリーを見るために生まれてきたのだ(認めた方がいい)。 独特の味わい深さが売りのジョン・C・ライリーは かつてブラウン管テレビの上に置かれていた熊の置物を思わせる俳優であり、90年代以降のアメリカ映画には欠かせないバイプレーヤーである。 その おはぎみたいな風貌とドッシリした巨体から「一人鉱山」の名を欲しいままにしており、あえてカテゴライズするなら「鉱物系男子」に分類される。 そして本作は、原作小説に惚れ込んだライリーが自ら映画化権を買い取り「おれを出せ」と条件を付けてオーディアールに監督を依頼した。 したがって紛うことなきライリー映画なので 全ライリスト必見の作となっているが、それだけではない。 嬉しいことに 全ホアキニストおよび 全ジェイカーにとっても必見の作となっているのだ。 なんて嬉しいんだ。 リヴァー・フェニックスの弟として知られる ホアキン・フェニックス(左)、リヴァー・フェニックスとは赤の他人として知られる ジェイク・ギレンホール(右)。 さて、気になる中身を紹介しよう。 殺し屋兄弟のホアキン&ライリーは「提督」とよばれる権力者から化学者のリズ・アーメッドの確保を命じられてオレゴンを発つ。 黄金を識別する化学式を発見したリズをふん捕まえて化学式を聞き出そうという腹だ。 なに 『ブレードランナー』? 聞こえなーい)。 一方、マートル・クリークの街では提督に雇われた伝令係のジェイクがリズの動向を観察していた。 ジェイクの仕事は殺し屋兄弟にリズの居所を知らせること。 ところがリズに話しかけられたことで思わず意気投合してしまったジェイクは、提督や兄弟を裏切ってリズと共にカリフォルニアを目指すことに。 リズは民主主義思想に基づいた理想郷を実現するために金を採ろうとしており、その立派な志に触発されたジェイクは兄弟に誤情報を流してリズを救おうと一計を案じた。 …と、ここまで読んで、おそらく読者諸兄の脳内におかれましては 「ジェイクとリズVS殺し屋兄弟」という敵対構図が出来上がったかと思います。 理想郷を実現すべくカリフォルニアを目指すジェイク&リズとそれを追いかける悪逆無道のホアキン&ライリー…という西部劇正史に適った追跡劇の構図がな。 崩していくよねぇ。 オーディアールは。 西部劇の正統性を。 フランス人だから。 迎撃作戦に出たジェイクは、兄弟がイビキをかいて野宿しているところを闇討ちして拘束することに成功したが、翌朝リズを狙う刺客が大挙襲来。 助かる道は兄弟の縄を解いて4人が力を合わせることだけだった…。 といった中身である。 はっきり言ってむちゃむちゃ面白いです。 端的に 画面が濃い。 馬、時代、風景。 この3つをカメラにおさめることでフロンティアが亡霊化され、アメリカ人の郷愁となる。 それを人は西部劇と呼ぶ。 だがフランス人監督のオーディアールからすれば 「おれ関係あれへんがな」てな具合だったのだろう。 それでなくともライリーに「撮って」と言われて撮っただけの雇われ監督なのだ。 したがって本作では馬も時代も風景も撮られていない。 オーディアールが撮ったものはただひとつ…。 人…人間のこと。 僕たちのこと。 人生をより良くするために健康に留意しながら日々労働に汗したり趣味や色恋に没頭しては泣き笑いのエブリデイを意欲的に重ね、あわよくば嫌いな人間を陥れたり濡れ手で粟を狙うようなこざかしいマネをする生き物。 好きな言葉は「愛」、「希望」、「信じる」、「半額」、「初回特典」など多数。 そう、この映画で撮られているのはメイン4人のみである。 もはや西部劇というよりヒューマンドラマの範疇だ。 たとえば、殺し屋にも関わらずホアキン&ライリーの人好きのする人物造形はどうか。 大酒飲みのホアキンは事あるごとに意識を失ってボテッと落馬したり、刺客に囲まれ絶体絶命の状況だというのに「気持ち悪い…」と言って景気よく嘔吐するようなひょうろく玉。 その酒癖の悪さにウンザリしているライリーはひとまず常識人と言えるが、やはりどこかズレている(殺し屋に常識人というのもおかしな話だがな)。 初めて目にした歯ブラシが大層気に入ったライリーは隙あらば歯をみがいて 虫歯予防の鬼と化す。 また、山で野宿をすれば蜘蛛が口内に忍び込んで 翌朝パンッパンに顔が腫れるなど、口周辺のエピソードには事欠かない大マヌケ。 事程左様に鈍臭い二人であるが、撃ち合いになると急に目つきが変わり、自慢の早撃ちと抜群のコンビネーションで幾度となく死地を潜り抜けてきた百戦錬磨のガンマンなのだ。 このギャップがたまらなくいい。 魅せるじゃないのさ! 親の仇みたいに歯をみがき散らすジョン・C・ライリー。 味わい深いな~。 縄を解いてもらった兄弟はジェイクに加勢して瞬く間に刺客を全滅させた。 その気になれば標的のリズと裏切者のジェイクを殺すことなど朝飯前だったが、情に厚いのか、それともただのバカなのか、もはや兄弟の頭に二人をどうこうするという発想はなかった。 かくして4人は「金を見っける」という同じ目的のもとに連帯を築き始める。 山にテントを張り、川で泳ぎ、夜は焚火を囲う。 なんなら酒も回し飲みする。 ホアキンとジェイクは犬猿の仲だが、リズとライリーが二人の間を取り持つことで辛うじてチームワークが維持されているようだ。 お前らはエアロスミスか? まぁ、こんな調子で映画中盤が過ぎ去っていく。 要するに ほぼ です。 そして 『黄金』のアンチテーゼでもある。 この映画は、有史以来ひとびとの欲望が最も肥大化したゴールド・ラッシュという狂った時代にあって「私利私欲」とは対極の価値観が押し出された ウエスタン・ファンタジーなのだ。 リズが見つけた化学式とは川底に眠った金を化学反応で光らせる薬品のことだった。 夜間に川に流し込めば水中の金がピカピカ光り出すという優れものだが、いかんせん皮膚が爛れるほどの劇薬。 手早く金を回収せねば全員死ぬる。 回収作業が始まると、川に足を浸けて「皮膚いってー」とわめきながらも金をザクザク取った一同だったが、欲を出したホアキンが薬品をドラム缶ごと川に流そうとして中身をぶちまけてしまい「痛ったぁぁぁぁい」と絶叫。 原液を浴びてしまったのだ(笑うべきシーンではないが… なんか笑った)。 その液体は川に浸かっていたジェイクとリズも蝕み、ライリー以外の全員が瀕死の重傷を負ってしまう。 ま、こんな感じの映画だな。 気になるなら映画を観ろ。 Gさん。 だめでしょ。 Gさん。 楽しそうに焚火囲っちゃって。 戦う契機を奪われた兄弟は拍子抜けしたまま我が家に帰る。 「安寧を得たアウトロー」という語義矛盾のうちに映画は終わりを迎えてしまうのだ。 物語上はハッピーエンドだが、戦いに身を投じる二人にとってはアンハッピーエンドなのかもしれない。 理想郷を夢見たリズと、その理想論に呑まれたジェイクの末路も憐れ極まりない。 この物語には一応のハッピーエンディングが用意されているが、実のところは誰一人ハッピーになっていないという苦味がエンドロールに瀰漫している。 たとえば 身体の欠落。 ライリーの愛馬は熊に左目を潰され破傷風で死んでしまうし、ある者は片腕を失い、またある者は皮膚がボロボロに焼け爛れる。 馬や腕を失ったガンマンなど生ける屍同然であり、この「機能障害」が第一幕で元気よく追いかけっこをしていた追跡劇のコントラストとなっている。 こうしたフォード的正統性に対する意趣返しには 現代の西部劇に見た光明と同時に 過去の西部劇を見捨てたかのような身振りが窺える。 ことによるとオーディアールは我々が思っている以上に西部劇に無関心だったのかもしれない。 私が気に入ったのは メッセージ性があるようで無いことだ。 もっとも、終始人間しか撮っていないのでメッセージもヘッチーマもないわけだが、とにかくこの映画は純度100パーセントの人間ドラマである。 やれ映画の背景だのメッセージ性だのといったケバい装飾品で映画本来の姿が汚されることはない。 千度いちびった末に薬品をぶちまけたホアキン(やけにグッタリ)。 とはいえ鬱々とした映画ではないので安心されたい。 第一幕では適度なユーモアを絡めたバディムービーとして、第二幕では射幸心に満ちたほのぼのシーケンスが観る者に朗らかな笑顔を提供します。 すでに西部劇が撮り尽くされたから現代だからこそこんな変態テリングが成立したんだろうな。 そして 西部劇をルーツに持たぬ監督ならではのポップさ! これが本作最大の魅力だと思う。 もともと西部劇というのは自閉的かつ排他的な映画ジャンルで、一見さんを寄せつけない様式と格調がある。 あまつさえレオーネやイーストウッドが「みだりに撮るな」と殺気を放ったことで、人はますます西部劇正史への接近を躊躇ってしまうのだ (フォード観ない問題)。 そうした西部劇的殺気とは無縁のところで陽気にブギを踊っているのが 『ゴールデン・リバー』なのである。 たとえばホアキン・フェニックスとジェイク・ギレンホールのいがみ合いがとことん微笑ましい。 ぶきっちょな手つきで歯を磨き続けるジョン・C・ライリーがヤケに愛くるしい。 ていうか話が単純におもしろい。 そんな 語彙全壊のドグサレ賛辞に対して「サンキュ!」と愛想よく手を振ってくれるほどポップな映画なのである。 いやはや、西部劇を背負わぬ監督の撮った西部劇とは斯くも自由闊達なものなのかー。 追記 ルトガー提督は死体役でのみ登場します。 提督暗殺を企てたライリーが棺の中の提督を見て「死んどるやないか」と拍子抜けするも、もしかして死を偽装しているのでは…と勘繰って遺体をドン!って殴るシーンは全ライリスト必見。 クテクテになりながらの昼飲み。 C 2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. 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