ブライアン・ウィルソン。 『6月20日はなんの日?』ザ・ビーチ・ボーイズ、ブライアン・ウィルソンの誕生日

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ブライアン・ウィルソン

(赤江珠緒)定番中の定番ですね。 (町山智浩)はい。 今日紹介する映画はビーチ・ボーイズのリーダーだったブライアン・ウィルソンっていう人のですね、伝記映画で。 『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』っていうタイトルの映画なんですけども。 あの、『マーシー』って言っても、スカートとかの人じゃないですからね。 (山里亮太)わかってますよー!町山さーん! (町山智浩)あ、わかってますか?はい(笑)。 (赤江珠緒)(笑) (町山智浩)ええと、これは『お慈悲』とかそういう意味なんですけど。 『Mercy』っていうのはね。 このブライアン・ウィルソンっていう人はですね、ビーチ・ボーイズっていう60年代のサーフィンロックのバンドの作曲を担当したリーダーの人なんですけども。 このビーチ・ボーイズってご存知ですか? (赤江珠緒)はい。 もう聞いてましたよ。 なんかやっぱり、親が車の中でかけていたりしましたもんね。 (町山智浩)ああ、そうなんですか?あの、お父さん、昔サーファーだったりしたんですか? (赤江珠緒)いや、まったく波には乗ってなかったですけど。 調子に乗っていただけで(笑)。 (町山智浩)ああ、そうですか(笑)。 はいはい。 これ、だからいわゆる日本のこういうグループってありますよね。 たとえばチューブなんか、そうですよね。 (赤江珠緒)ああー。 (山里亮太)『夏といえば!』みたいな。 (町山智浩)そうそう。 まあ、初期のサザンオールスターズとか。 そういったものの元祖のサーフィンミュージックのグループだったんですけども。 このリーダーはですね、実はサーフィンできなかったんですよ。 (赤江珠緒)あっ、そうなんですね。 (町山智浩)このブライアン・ウィルソンっていう人はものすごく内向的な人で。 その、歌っていたビーチ・ボーイズの歌っていうのは、サーフィンして、女の子ひっかけて、車で飛ばしてイエーイ!みたいな歌だったんですね。 (赤江珠緒)はい。 (町山智浩)でも本人はぜんぜんそういう人じゃなくて。 非常に真面目な音楽家だったんですよ。 (赤江珠緒)へー。 (町山智浩)形だけ、サーフィンの真似をしてたんですね。 で、この映画は、そのブライアン・ウィルソンっていうリーダーがですね、『こんなことはやってられないよ』っていうことで、自分の好きな音楽をやり始めて。 『ペット・サウンズ』というすごいアルバムを作るんですね。 1966年に。

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ブライアン・ウィルソンの来日公演がキャンセルに

ブライアン・ウィルソン

私は若すぎたせいで記憶があいまいですが、当時は大変な騒ぎだったようです。 しかしこの作品は思いのほか、セールス的に報われませんでした。 アメリカのアルバムチャートでは最高54位で、イギリスではチャートインしませんでした。 欧米のメディアではNME誌などいくつかの雑誌では絶賛されたようですが、日本とは温度差があったそうです。 しかしはっきり言わせてもらうと、日本の反応の方が正しかったと思います。 単なるノスタルジーではなく、このアルバムはすばらしい出来です。 この曲はジェフ・リン(Jeff Lynne)との共作で、大部分はジェフが書いたらしいです。 しかしそれにも関わらず、完全にブライアンの音楽になっています。 私はこのアルバムを聞いた時からずっと、この曲が一番のお気に入りです。 シティポップ風のイントロに導かれて、紡ぎ出されるメロディのすばらしいこと! この曲の主人公は孤独を感じた時、ある人のことを思い出しています。 その人はブライアンの手を取ると笑顔になり、なぜブライアンが孤独を感じているか理解できないと言います。 するとブライアンは「孤独などないのだな」と気が付くという内容の歌詞です。 ブライアンはソロアルバムをリリースしてからも、精神的な病に苦しんでいました。 このアルバムの頃も彼は「誰かが自分を殺しに来るのではないか」という妄想にとりつかれていました。 一方このアルバムは、とても明るい表情をしています。 この人にはポップ・ミュージックの本質があるような気がします。 心に闇を抱える人が、ほんのつかの間手にする一瞬の光みたいな曲かもしれません。 ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)には、未完成のままお蔵入りになった「Smile」というアルバムがあることは、ファンには有名な話です。 その伝説は多くのファンを想像力をかき立て、完成したらさぞかし傑作になっただろうと噂されていました。 私もその伝説に振り回されてきた1人です。 まだ若かった私はアルバイトに精を出し、決して安くなかった「Smile」音源の海賊版を買い漁りました。 また彼らのアルバムの大半を持っていたのに、曲の配列が「Smile」っぽい箇所があるというだけで「グッド・バイブレーションズ(Good Vibrations: Thirty Years Of The Beach Boys)」というボックスセットを買ったりもしました。 要するに完成音源がないことを知っていてもなお、幻影を追いかけていたというわけです。 しかしブライアンは、ソロ名義で「Smile」を再現してくれました。 私は基本的に過去の曲の再録音が好きではありません。 しかしそれが「Smile」ということならば話は別です。 この曲も実はこのバージョンよりも、海賊版に収められたバージョンの方がすばらしい出来かもしれません。 しかし「Smile」というアルバムの中でこの曲を聞く感慨はひとしおです。 私はこのアルバムがリリースされた時に、もう幻影を追いかけなくて済むと安堵しました。 ブライアンの活動はソロアルバムリリース後も、決して順調ではありませんでした。 セカンドアルバムになるはずの「スウィート・インサニティ(Sweet Insanity)」は、完成したのにお蔵入りになっています。 またファンにとっても、企画色が強かったり過去の再録曲だったりと、純粋な新作を待ち望んでやきもきする日々が経過しました。 私も単純に曲がある程度たまったら、スタジオ入りしてくれればいいのにと思っていました。 このアルバムは純粋な新作でしたから、それだけで満足したところがあります。 この頃のブライアンは精神状態が良かったらしく、ライブなども精力的にこなしていました。 またこの頃彼の周りには、彼の音楽を聞いて育った若い才能のあるミュージシャンがいて、ブライアンを献身的にサポートしていました。 ジェフリー・フォスケット(Jeffrey Foskett)、ワンダーミンツ(The Wondermints)のダリアン・サハナジャ(Darian Sahanaja)、スコット・ベネット(Scott Bennett)といった人たちです。 このアルバムでブライアンは、自らプロデュースも手掛けています。 様々な好条件が重なったことで、この名作が生まれました。 精神不安定なブライアンの接し方を心得ている人といえるかもしれません。 ただ共演と言っても、このアルバムはヴァン・ダイクが作曲とアレンジした曲を、ブライアンが歌うという趣旨のアルバムです。 この当時ブライアンは精神状態があまり良くなかったようです。 ヴァン・ダイクが彼に歌ってもらおうと訪問した時、ブライアンはテレビを見ていたそうですが、その時テレビの電源はついていなかったというエピソードがあります。 しかしそれにしてもこのアルバムはすばらしい出来です。 レーベルはワーナー・レコード(Warner Records)ですし、アルバムジャケットを含めて、ヴァン・ダイク主導の音楽と言ってもいいでしょう。 しかしそれにも関わらず、ブライアンのコーラスが入ると、彼の音楽のようになってしまいます。 もしかしたらシンガーとしてのブライアンの魅力を味わいたいなら、このアルバムあたりが良いかもしれません。 この曲は、カール・ウィルソン(Carl Wilson)に捧げられています。 カールは1998年に癌で亡くなりました。 ビーチ・ボーイズを聞いてきた方ならご存知の通り、カールはブライアンが不調の時バンドを支えていた人です。 バンドの要といってもいい人でした。 バラバラでまとまらないメンバーが、バンドとしてまとまっていたように見えていたのは、カールのおかげといっても過言ではありません。 ブライアンも含めて、みんなカール・ウィルソンを通じて他のメンバーと繋がっていたようなものです。 カールを失った後にバンドは分裂状態となり、ブライアンは更にソロ活動に注力するようになりました。 曲名の「Lay Down Burden」は「肩の荷を下ろしてくれ」みたいな意味でしょうか。 ブライアンのやさしさが伝わってくる曲です。 しかし当時はまだ健康状態が万全とはいえず、主治医で精神科医のユージン・ランディ(Eugene Landy)のサポートを得て、レコーディングに復帰しました。 ただユージンは何かと問題が多い人物です。 ユージンはブライアンのプライベートやビジネスにも口を出し始め、洗脳に近い手法でブライアンをコントロールしていたと言われています。 このアルバムも当初はユージンがエグゼクティブ・プロデューサー、ユージンの妻が曲の共作者と記載されるなど、目にあまる私物化ぶりでした。 ユージンの支配下に置かれていたブライアンを救出したのは、後にブライアンと結婚することになったメリンダという女性です。 後年ブライアンもユージンのことをあまり良く言っていないことから、おそらく世評通り問題のある人物だったのでしょう。 しかし私はブライアンにファーストアルバムを製作させたこと、この一点だけで感謝したい部分もあります。 同時にブライアンが、彼の下から離れて良かったと思いますけどね。 この曲でブライアンは、テレビを見ていて恐怖を覚え、今夜必要なのは愛と慈悲だと訴えています。 今の時代でこそ、重要なメッセージかもしれません。 さてこのアルバムでは、久々にブライアンの書いた曲を堪能できます。 この曲はその中でも最高の1曲ではないでしょうか。 ちなみにこの時ブライアンは72歳ですが、相変わらず曲づくりとボーカルどちらも高水準をキープしています。 もちろん全盛期に比べると落ちる部分もあるとは思いますし、もう昔のようなファルセットボーカルは難しいかもしれません。 ただ私のようなファンからすると、彼が音楽活動しているだけで充分です。 まだまだこういう最高の曲を届けてくれることですしね。 ウォルト・ディズニー・レコード(Walt Disney Records)からリリースされています。 曲目を見ると、ディズニーの古典的名曲から最近の映画までと、かなりバラエティに富んでいます。 この曲は割と最近の映画「トイ・ストーリー3(Toy Story 3)」から取り上げられています。 作曲はランディ・ニューマン(Randy Newman)ですから、ブライアンとの相性が良さそうだと思った方、ご想像通りなかなかの名曲に仕上がっています。 カバー曲と意識することなく、純粋にブライアンの曲として楽しめます。 今回は取り上げることができませんでしたが、このアルバムと対をなす「Reimagines Gershwin」にも「ザ・ライク・イン・アイ・ラヴ・ユー(The Like In I Love You)」という名曲があるので、そちらも買って損はありません。 確かに自作曲のアルバムの方が満足度が高いですが、こうした企画アルバムでも決して質は低くはありません。 ブライアンはビーチボーイズのメンバーとして、すばらしいポップソングの名曲を書いてきました。 一方で彼はガーシュインなどの偉大なアメリカ作曲家の系譜に名を連ねる人です。 ブライアンのバラードは意外と感傷的ではありませんし、パワーバラード風にもなりません。 肥沃な大地から生まれたような、純度の高いメロディが特徴です。 私は普段ロックが主食なせいか、音楽にニゴリみたいなものを求めてしまうところがあります。 しかし彼の音楽はニゴリがありません。 負の感情が全く含まれていなくても、ここまでの高みに達することができるのですね。 純度と深みの共存、それがブライアンのバラードの魅力です。 しかしこの曲が入っているだけで、充分元が取れたと思わせてくれる曲です。 彼が精神的に病んで療養していた1976年に録音された曲のようです。 この曲のボーカルを聞いて、どのように思われるでしょうか。 はっきり言って無残な声です。 昔の天使のような声はここにはありませんし、聞いていて辛くなる部分もあります。 しかしそれにも関わらず耳を惹きつけてしまうのが、音楽に愛されすぎてしまった人の業かもしれません。 この曲はブライアン版の「ジョンの魂」だと思います。

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町山智浩 映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』を語る

ブライアン・ウィルソン

第3回 ブライアン・ウィルソン、葛藤の先に輝くもの デヴィッド・リンチが夢と現実の仕切りを取り払う際、映像表現のみならずそこで奏でられる音楽が重要な役割を占めていたように、音楽にはじかに人の心や意識に触れ、日ごろ経験したことのない感覚へと誘う力がある。 今回は1960年代後半に共時的に発生し、そのような力を引き出して既存の枠からの「大脱出」を試みた音楽シーンについて、その意義とともに振り返ってみたい。 それは現在でいう意味での「ロック」誕生の一時期だった。 例によって、まず菩提寺医師から『Smiley Smile』と『SMiLE』についての文章の依頼があった。 そこで紹介するのはアメリカのロックバンド、ザ・ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンだ。 彼はバンドのリーダーとして活躍し、61年の結成から全米のトップバンドになるまでを導き、その全盛期を支えたソングライターならびにボーカリストである。 ビーチボーイズがブライアンとともに精力的に活動していた時代はイギリスのザ・ビートルズの活動期とほぼ同じであり、ビートルズと同様に(あるいは対比させられながら)そのバンド史は多くのファンや評論家によって今までに語り尽くされてきた。 そのため、子細な事実関係やディスコグラフィはそれら文献に譲るとして、この回ではぼくがブライアン・ウィルソンに向ける眼差しのなかで話を進めていきたい。 音楽的な革命とビーチボーイズが刺激的かつ美しく実を結ぶ点として、ブライアン・ウィルソンがセルフプロデュースしたアルバム『Pet Sounds』(1966年)と未完に終わった次作『SMiLE』(67年発表予定)が挙げられる。 (現在は『SMiLE Sessions』としてまとめられ、その断片を聴くことができる。 )前者は、ビーチボーイズがそれまで歌詞に織り交ぜ繰り広げてきた車、海、太陽などといったイメージを捨て、単に「売れる商品」としての楽曲(シングル)制作から脱却し、ブライアンがほぼ一人で作り上げた一つの世界観(コンセプト・アルバム)が提示されている。 その世界は、彼の圧倒的な孤独や言いようのない寂しさが隠し切れない苦悩としてにじみ出ているものの、そこは自分にとっては大切で守るべき心の空間だという自負があり、自らの存在を肯定し輝かせるべく様々な音で彩られている。 そこで奏でられる"サウンズ"は葛藤の響きであること、そしてそれは肯定的で感動的なものであることが、アルバムを通して知ることができる。 不安や悩みはそれ自体否定すべきものではない。 むしろ、個のなかにある豊かで独創的な世界へ通じる道標である。 自分がとらわれているある枠組みからの脱出は、現実を拒否して超え出た世界にあるのではなく、現実の矛盾・葛藤をごまかさずに見つめ、芸術ならばそれを(不協和音など使って)的確に表現した先にあるのではないか。 そこに立つのは精神の此岸と彼岸のぎりぎりの緊張関係の上に築かれる重奏的な楼閣だ。 しかし『Pet Sounds』は、シングル・ヒットを重視するアメリカのレコード会社の方針もあり本国ではあまり売れず、すぐ後に発売されたビーチボーイズのベスト盤(まさにシングルの寄せ集めである)が苦心の意欲作を優にしのぐ売り上げを見せたため、ブライアンは大きなショックを受けた。 そして次作『SMiLE』の制作中についに精神的に限界をきたし、アルバムを完成させることができなかった。 一方で、『SMiLE』の代わりに「コンセプト・アルバム」の最初の名声を勝ち得たのはビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(67年、以下SPBと略)だった。 ポール・マッカートニーが『SMiLE』制作中のブライアンとの交流で影響を受けながら、その概念を先に形にして世に問うたのだ。 その作品はロック史に新風を吹き込んだ名盤として謳われているが、今聴いてみるとどうだろう。 ビートルズのメンバー個人個人が独立した世界を出しており、そこに有機的な繋がりは薄く、かのペッパー軍曹は多重人格のような表情を見せている。 つまりアルバムに物語性があるだけで、そこに統一された世界観はない。 正確に表現するなら「際立った個性がクロスオーバーするアルバム」となるだろう。 また音の革新性という点についても、イギリスではロンドンのUFOクラブにおいて、ピンク・フロイドやソフトマシーンといったバンドがアンダーグランド・ムーブメントの潮流のなかでロックの起爆剤となる画期的な音をすでにかき鳴らしており、同時代でみるならばビートルズだけを特筆することはない。 これはまったくの主観だが、ビートルズのSPBが「明るい人間が時代に対応して暗がってみせたもの」であるのに対し、ブライアン・ウィルソンのそれは「暗い人間が自身の光り輝く部分を見つめ、明るい音楽に結晶させたもの」という違いがある。 ブライアンにとってアルバムとは存在の葛藤を形にするべく作られた全体性の回復であり、流行りの手段から入って音楽制作に臨んでいたのでは決してない。 片やビーチボーイズは『SMiLE』と引き換えに『Smiley Smile』(67年)をリリースした。 ブライアンはもういない。 しかしその精神はこのアルバムにしっかりと刻み込まれており、揺るぎない世界観を獲得している。 SPB期のビートルズとは対照的に、ビーチボーイズは協働の過程から「際立った個性」に還元できない土壌が育まれていた。 これこそ「バンド」でいることの意味、人と人とがともに生きることの素晴らしさであろう。 これはブライアンが一時離脱したからこそ見えた次元でもある。 さらに言うなら、ブライアンの精神がブライアン自身から解放されたことにより(すなわち種となってまかれたことにより)、本人さえ気づかなかった側面を他のメンバーたちに見いだされ、より多面的にその創造性を広げることができた。 つまり、『SMiLE』は未完ゆえに無限の想像力を与え、『Smiley Smile』は不在ゆえにバンドの成熟を印象づけたといえる。 この二作はその時々の「いま」を乗り越える可能性は、偶然に満ち開かれた世界に宿ることを示唆している。 過去も現在も、社会で生きる人間のもとには、不安の影が寄り添っている。 しかし不安という感情はつかの間の喜びや一時の楽しさなどによってただ無視されたり、否定されたりするべきものではない。 それは偽りなく自分を振り返る機会であり、そこを入口に代替不可能な「自分の世界」が開けてくるかもしれない。 ブライアン・ウィルソンは自身の不安を信じることで数々の傑作を生みだし、葛藤から自分が生きる力を引き出した。 人生を一つのコンセプト・アルバムに例えるならば、それは『SMiLE』と同様に未完の傑作であり、葛藤があるがゆえに自分独自の美しい音色を響かせることができるのだろう。 そしてその響きは『Smiley Smile』のように散種され、ともに生きる誰かが受け止めてきっと花を咲かせている。

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