東京 学芸 大学 附属 特別 支援 学校。 日本の国立特別支援学校の一覧

学びを奪われていた子どもたちが、ICTで読み書きの困難を克服した特別支援現場での実践――「東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナー」レポート②

東京 学芸 大学 附属 特別 支援 学校

概要 [ ] (29年)に「東京学芸大学教育学部附属高等学校」として開校。 (26年)に創立60周年を迎えた。 附属中学生の入試は2016年(平成28年)入学生まで一般中学生が受ける入試と共通の入試日、共通問題であったが、2017年(平成29年)入学生から一般中学生より早い時期に異なる問題で行われるようになった。 この附属中学生入試の形式は時代とともに変遷している。 また、本校はにからの留学生を受け入れを開始した。 度よりから SSH の指定を受けている。 度よりに選定されている。 SSHおよびSGHAの活動として、日中ティーンエイジアンバサダーやチュラポーン高校(タイ王国)との交流事業、生徒主体の校内団体であるIn-cafeやglobal-cafe、ICT等を利用した授業や隔週で出されるレポートなど先進的かつ積極的に取り組んでいる。 所在地・交通アクセス [ ] 〒154-0002 下馬4-1-5• 徒歩15分• 徒歩20分• より東急バス20分「学芸大学付属高校」下車すぐ 沿革 [ ]• (昭和29年)• 4月 - 東京学芸大学附属高等学校が開校。 (生徒数 208名(男女ほぼ同数))• - 開校式を挙行。 本部を世田谷区下馬に置き、校舎は竹早校舎(文京区竹早)と世田谷校舎(世田谷区深沢)の2校舎制とする。 各校舎2学級とする。 (昭和30年)- 制服・制帽を制定。 (昭和33年)- 校旗・校歌を制定。 (昭和35年)- 東京学芸大学の建物を利用し、下馬校舎を設置。 (昭和36年)- 大学の移転に伴い、竹早校舎と世田谷校舎を廃止し、下馬校舎に統合。 1学年6学級とする。 (昭和42年)- プールが完成。 学級数が現在の1学年8学級になる。 (昭和44年)- 一部生徒が校舎をバリケード封鎖。 男子の制帽自由化。 (昭和50年)- タイ国留学生の受け入れを開始。 (以降、毎年、数人が共に日本語で学習)• (昭和51年)- 海外在学経験者(定員15名)を特別枠で受け入れ開始。 (昭和53年)- 大体育館が完成。 (昭和54年)- 図書館が開館。 (昭和56年)- 別館が完成。 (昭和60年)- 西館が完成。 (平成7年) - マルチメディア学校教育利用実験開始• (平成16年)4月 - 組織改編。 大学が化される。 校名から教育学部が除かれ、「東京学芸大学附属高等学校」(現校名)に改称。 (平成24年)- に認定される。 それに伴い、校内の合併教室を改修し、In-cafe を設置。 (平成27年)-スーパーグローバルハイスクールアソシエイト校に認定される。 それをきっかけに有志の生徒と有志の教員の二人三脚により、インカフェ内にグローバルカフェが設立される。 また、平和構築等の取り組みにより、さまざまな視点から世界を見つめるバランス感覚を持ち、自分の頭で考え行動できる人の育成を目指す取り組みが初めて作られた。 教育 [ ] 文理の教科選択は3年生からであり、2年生までは文理を問わず地歴公民科や理科を幅広く履修する。 なお、3年生では「理系学科志望の生徒が文系教科目を履修する」等、文系理系の枠にとらわれない教科目選択を行うこともできる。 授業の内容は一応教育課程と教科書に沿ってはいるが、多くの教科は教科書の水準を質量共に上回る発展的な授業を展開する。 国内の高校としては2003年のが導入される前の1995年より教育を取り入れており 、の HP では、その授業風景が特集されていたことがある。 SSHやSGHを授業内に取り入れており、希望する生徒の探究心を応援する体制も万全である。 国際化への取り組みは、タイ・チュラポーン高校との交流やグローバルカフェのイベントを通して、自分と異なる文化・視点を持つ人たちとの交流を通じて、生徒たちに新たな学びの場を提供している。 年に3回、計8週間、のを受け入れている。 設備 [ ] (昭和11年)、東急電鉄総帥・の誘致によって青山北町(当時)から移転した東京府青山師範学校として建設され、(昭和36年)以降は、大学の小金井移転に伴って空いた、敷地の一部 と建物をそのまま用いている。 L字型の校舎は、青山師範学校の歴史的な建造物で、テレビドラマや映画の撮影に使用されたこともある。 正門から昇降口までは見事な並木が並んでいる。 季節を通して美しい並木の様子から「ロマンス街道」と生徒の間で呼ばれている。 妙高教育研究所 [ ] 〒949-2235 大字関山6392-5 約110名が宿泊できる施設であり、、などを併設している。 かつては、坪岳スキー場の運営をしていた。 1年次の林間学校、スキー教室、部活動の合宿などで利用されている。 また、保護者、在校生、卒業生のほか一般の個人利用もできる。 学校生活 [ ] 通学路 [ ] 最寄り駅は、。 道順は複雑ではあるものの、駅前の交番には同校までの地図が常備されている。 からも歩けるが、渋谷駅での乗り換えの便などから田園都市線沿線在住の生徒以外は殆どが学芸大学駅から通学している。 なお、南口から学芸大学附属高校の前まで(野沢龍雲寺循環)が出ている。 また、三軒茶屋駅北口からも学芸大学附属高校付近(徒歩1分未満)まで東急バス(目黒駅行)が出ている。 また制限がないこと 、を受け入れていることから、近隣で一人暮らしをしている生徒も存在する。 制服 [ ] 同校では、制服着用義務が生徒に課せられている。 冬服は、制定されてから半世紀間、ほとんど不変の伝統あるデザインとなっている。 男子の上着はスクールカラーである紺色のに銀色のボタン、の左襟にはの花をかたどった大きい銀の校章バッジを付け、白いプラスチック製を入れる。 女子の上着は身頃・襟とも紺のに紺色の3本ラインとなっており、襟には男子と同じデザインのバッジと胸当て(制服制定当初にはなかったが、後に装着を規定)を付ける。 スカートは、24本ヒダのプリーツスカートである。 胸には青いスカーフを結ぶか、最近指定された青い成型済みリボンを付ける。 附高結びのスカーフが正装とされているが、普段の学校生活では指定リボンを付ける生徒が多数である。 ズボンとスカートは、の紺色である。 なお、両端にプリーツを折ってから結ぶ、スカーフの「附高結び」(蛾結び) は、1960年代に女子生徒たちが自主的に開発した着こなしで、今では附高の伝統として認知されている。 6月~9月は夏服期間である。 男子の上は、胸に校章を表示した白ワイシャツ、ズボンは1964年から霜降りに変更された。 また女子は、校章バッジを付けた紺の襟に白い身頃、紺の3本ラインのセーラー服であるが、胸当てはない。 スカートは冬と同じ紺色。 5月および10月は移行期間であり、夏冬どちらの制服を着用してもよいことになっている。 創立当初は制帽(黒色学生帽)着用も義務で、服装指導は厳しく、男子生徒は制帽を崩して学校側にささやかな抵抗を示していたが、1969年度から、制帽は自由化された。 その後、生徒は引き続き制服自由化を要求したものの、激しい高校紛争とその直後に新聞部を中心に提唱された制服廃止要求にもかかわらず、学校側は、制服の同一性が「共に学び共に語る友情の絆、高校集団としての意識の形成」に資するとして積極的意義を唱え、制服そのものは廃止されなかった。 しかし、学校に対する意地の見せ所として、男子生徒は自主的に詰襟のを外すようになり、には、開いた襟元から中のシャツを覗かせる「附高流」着こなしが殆どの生徒に定着した。 その後、半ばに「制撤会」が制服自由化運動を展開したことがあったが、全校生徒の間に廃止の機運は盛り上がらず、立ち消えとなった。 男子が夏服の胸に校章バッジを装着する規定は、従前殆ど守られず空文化していた。 そこで、他校生徒との区別を図るため、紺の校章アイロンプリントが新たに制定され、校章バッジを装着しない場合はこれを付けることが求められるようになった 制服には、時代の変遷とともに受け止め方の変化もあったものの、同窓会が会報で「制服」を大きく特集 するなど、制服は、附高の不可分の伝統として明確に認知され、生徒が自主的に作り上げてきた着こなしとともに、学校のアイデンティティとして、附高にかかわる全ての人々に定着しており、現在の生徒からの人気も高い。 1クラスには前述した3つの附属中学校からの内部進学者と外部進学者、さらには(一学年に30人程度)とからの(一学年に1~5人程度)が混ざって構成される。 による通学区域の制限は無く、全国から入学者を受け入れている。 行事 [ ] 月別行事表• - 新体力テスト• - 遠足・3年球技大会・1年地理実習• - 体育祭・2年球技大会• - 1年林間学校• - 辛夷祭(こぶしさい)(文化祭)• - 1年野外実習(地学)• - 2年学習旅行(修学旅行)・1年球技大会・1年野外実習• - 1年見学・2年スキー教室• - 1年学校・会• - 1,2年マラソン記録会()・1年科学見学実習・2年社会見学実習 1年時に参加必須の林間学校(登山)、冬のスキー教室(希望制)は妙高寮にて行われる。 また実習や劇鑑賞のほとんどにが課されている。 辛夷祭 [ ] 全校的な盛り上がりを見せる。 クラスごとに出し物を決めて参加するが、毎年1年生は娯楽、2年生は食品販売・模擬店(運動部も食品関係の模擬店)、3年生は演劇となっている。 特に3年生各クラスの演劇はキャストだけでなく、戯曲準備、演出、衣裳、小道具、大道具から、予算管理や著作権処理等の制作などのスタッフワークを全て生徒が行なう本格的なもので、辛夷祭の目玉となっており、3年生の演劇に憧れて本校を目差す受験生もいるほどである。 その他にも音楽部や演劇部、合唱部、ダンス部、中庭ステージ(通称「中ステ」)でのライブなど出し物も行われる。 また、辛夷祭で発行された文藝部の部誌に掲載された作品の一部は『凱風電子版』というサイトで読むことができる。 留学生によって毎年出店されるタイ風喫茶店は、も提供される本格的なものとなっていた(近年は飲み物の販売を行っている)。 一部保護者より、3年次の夏休みを辛夷祭のクラス演劇に費やすことが大学受験の障害になるのではないかという指摘がなされ、辛夷祭そのものが7月に開催されたこともあったが、現在では9月初旬~中旬の開催に戻っている。 大学進学状況 [ ] 毎年、(国公立)、、や(私立)、といった首都圏の国公立・私立の難関大学に数多くの合格者を輩出している。 各年度の大学合格者数(浪人含む) 東京大学 国公立大学医学部医学科(防衛医科大学校を含まず) 慶應義塾大学 早稲田大学 2016年度 57名(57名進学) 40名(40名進学) 148名(54名進学) 177名(46名進学) 2017年度 46名(46名進学) 28名(28名進学) 103名(30名進学) 140名(25名進学) 2018年度 49名(49名進学) 30名(30名進学) 114名(40名進学) 155名(35名進学) 2019年度 45名(45名進学) 20名(20名進学) 119名(48名進学) 136名(31名進学) 著名な出身者 [ ] 学問 [ ]• - 、学長(東京学芸大学教育学部附属高等学校竹早校舎OB)• - 者、• - 研究者、、教授• - 、教授• - 教授、者• - 教授• - 教授• - 教授• - 家• - 教授• - 名誉教授• - 東京学芸大学教育学部教授• - 教授(英米法)• - 、、。 ・社会科学総合学術院教授• - 東京大学大学院総合文化研究科教授、• - 者、現職は、こども心理学部教授、名誉教授• - 教授、、消化器病学• - 教授、アドバイザー• - 教授• - 、東京大学大学院総合文化研究科教授• - 理学部教授• - 教育学部教授、者、選手• - 教授• - 教授、• - 者• - 東京大学大学院法学政治学研究科准教授(法制史)• - 国文学者、教授• - 准教授• - 教授、刑法学者• - 歴史学者、初等中等教育局教科書調査官(日本古代史、古文書学、歴史教育)• - 西洋建築史学者、教授• - 医学部教授、者• - 数学ライター 政治 [ ]• - 国際問題、、、株式会社ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ・オブ・ジャパン代表取締役• - 長 行政 [ ]• - 事務次長補、総裁補兼危機対応局長• - 、元東アジア局局長• - 元、• - 元長、• - 元 、総裁• - 中小企業取引研究官• - 元• - 、元長、元• - 元、元長 法曹 [ ]• - 塾長• - 東京地方裁判所部総括判事、委員() [ ]• - 法学部・大学院法務研究科教授(国際私法)、弁護士• - 外国弁護士、理事 産業 [ ]• - 会長兼社長、会長• - 建築家• - ・アソシエイツ日本法人創立者・会長• - 創業者、ブルーム社長• - 会長兼社長兼CEO、日本半導体製造装置協会会長 医学 [ ]• - 外科医• - 、文筆家• - 者、• - 精神科医、• - 外科医、• - 医師(、) 芸術 [ ]• - メゾ・ソプラノ奏者• - バリトン歌手• - ・• - 劇作家・演出家• - 、、、(中退)• - 作曲家、編曲家、、奏者• 高木椋太-シャンソン歌手• - 、作曲家、編曲家• - 作曲家、編曲家• - 建築家 文学 [ ]• - マスコミ [ ]• - 元長、元、会長• - アナウンサー• - エンターテインメント開発局ライツ・新規ビジネス推進室長兼部長、、• - NHKチーフアナウンサー• - 元• - NHKアナウンサー• - アナウンサー• - フリーアナウンサー、元アナウンサー、元タレント• - アナウンサー• - フリーアナウンサー、元契約キャスター• - 社会部記者• - アナウンサー、元タレント 芸能 [ ]• - ボディービルダー、タレント• - お笑いコンビ・メンバー、音楽グループ・メンバー• - ・元メンバー、議員• - ・メンバー その他 [ ]• - 、同時者、• - 、7代目会長• - 、• - (中退)• - 審判員• - 関連校 [ ]• 東京学芸大学附属高等学校• 附属中等教育学校• その他• 脚注 [ ] [].

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高等部 教育内容(概要)紹介|東京学芸大学附属特別支援学校

東京 学芸 大学 附属 特別 支援 学校

支援内容区分 本校の教育課程は、平成12~15年に文部科学省研究開発校として3校の大学附属特別支援学校(岩手大学教育学部附属特別支援学校・宇都宮大学教育学部附属特別支援学校・群馬大学教育学部附属特別支援学校)と共同して行われた研究において編成されたものである。 教育課程の編成は、時代の要請と新しい教育観に立った要素や視点からの分類と、個別教育計画による個別の教育的ニーズの把握の結果の観点から行われた。 図1に示すように本校の教育課程は、知的障害のある幼児児童生徒の教育的ニーズに応じた支援内容として、生活支援、学習支援、就労支援および余暇支援の4つの区分と、それらの基礎・基本となるコミュニケーション支援を加えた以下の5つの支援内容区分から編成されている。 コミュニケーション支援は、発達過程の早期の中心的な課題であるとともに、卒後の社会参加や自立における重要な課題であり、さらに、学齢期全般における教育活動が成り立つ素地や意思疎通など広範囲に及ぶ概念として、全ての教育活動の基礎・基本として捉えている。 さらに、コミュニケーション支援をICFの活動と参加の理念から、一人ひとりのモードや発達に応じて個別になされるコミュニケーション・スキルの支援(コミュニケーション活動支援)と、それぞれのライフステージごとに期待される対人関係への支援(コミュニケーション関係支援)とに分けて捉えた。 また、学習支援はその内容を教科学習と方法学習とに分けているが、総合的な学習の時間によって扱われている、いわゆる方法知の内容の抽出を試み、それらを教科学習とは別に括り、方法学習とした。 これらの各支援内容区分には、幼稚部から高等部までの各学部(ライフステージ)に即した支援内容を俯瞰することのできる支援内容配列表が作成されている。 図1 5つの支援区分 支援内容配列表 本校の教育課程は、5つの支援内容に区分されており、それぞれが「支援内容配列表」(図2)により構成されている。 その作成意図は、学部や学年ごとに指導内容を具体的に洗い出すのではなく、系統的な支援内容を学校全体で共有するために、「支援内容配列表」の各構成要素の具体例を俯瞰できるように二次元(スコープとシークエンス)に配列することにあった。 図2 支援内容配列表(生活支援) 個別教育計画 本校では、いわゆる「個別の指導計画」(平成11年学習指導要領)と、その作成や実施のための手順や仕組みのことを「個別教育計画」という用語で総称している。 本校における個別教育計画は、幼稚部から高等部にわたる子どもの個別の教育的ニーズを把握する手続きとして、また、学校と保護者の連携の方法として、さらには、SIENシステムにおける新たな指導計画や教育課程を見直す機能を担うものとして現在まで使用されてきている。 SIEN Support system for Individualized Educational Needs システム 本校の授業作りは、図3に示す「個別の教育的ニーズ支援システム(SIENシステム)」に則って行われる。 SIENシステムは、指導計画の作成にあたり、教育課程、すなわち標準のカリキュラムを基本としたアプローチと、個別のニーズから一人一人のカリキュラムを構成するというシステマティックアプローチとの両者のすり合わせによって行われる。 つまり、両者のすり合わせは、実際には個別教育計画と並行して教科等の年間指導計画や単元ごとの指導計画を立てるというプランニングの段階で行われる。 SIENシステムの特徴は、日々の授業実践における評価と反復の積み重ねが、授業環境の改善だけでなく、指導計画の修正や見直しを促し、さらには指導計画を統括している教育課程が改訂されるという不断のフィードバック機構が作用することである。 個別の教育的ニーズに応えるためには、カリキュラムとシステムの両輪が持つ新たな指導計画の立て方が求められるとともに、授業評価の観点が欠かせないことを示している。 図3 SIENシステム 道徳教育全体計画.

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若竹会|東京学芸大学附属特別支援学校

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1.若竹会設立の趣旨と目的 本会は、東京学芸大学附属特別支援学校の卒業生と在校生、その家族のしあわせを願い設立されました。 会員の「心のふるさと」として、本校で学んだ人達が自立と社会参加を目指し、心豊かな人生を送ることができるように様々な活動をおこなっています。 2.会員 (1)会員 東京学芸大学附属特別支援学校に在籍している者並びに在籍した者と、その保護者 (2)特別会員 本校の教職員並びに旧教職員 3.沿革• 昭和34年(1959年)6月 卒業生対策のために若竹会が結成される• 昭和53年(1978年)7月 卒業生と在校生の親が福祉施設対策として若竹共助会を設立する• 昭和56年(1981年)5月 若竹会と若竹共助会を発展的に合併し「若竹会」となる 4.主な活動 (1)各部活動• 行事部 会員相互の親睦行事を企画運営する• 同窓会支援部 卒業生の「同好会活動」その他を支援する• 成美荘を開放して各種相談に応じる(火曜日、金曜日 10時から4時)• 陶工作業 (火曜日、水曜日 10時から3時)• 職場訪問等.

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