医学書院。 リハビリテーション医学

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医学書院とは? 正式名称 株式会社医学書院 本社所在地 東京都文京区 強いジャンル 医学書、看護系書籍、医学雑誌など 代表作 ユマニチュード入門、治療薬マニュアル、訪問看護と介護 など *画像は公式サイトより引用 医学系書籍の専門出版社といえば医学書院 株式会社医学書院はその名の通り医学書の専門出版社です。 専門出版社であるため、当然講談社や小学館などの大手出版社と比較すると資本金や従業員数など企業規模は劣ります。 一方で医学関連書籍の出版・販売というジャンルでは最大手に位置し、医学系・看護系の書籍のシェアは圧倒的です。 実際、医学生や看護学生が講義で使用する本の多くは医学書院にて出版されたものです。 例えば医学生向けの教科書「標準」シリーズや、看護師向けの教科書「系統看護学講座」は医学書院発刊です。 医学界のベストセラーといっても過言ではないでしょう。 また医学書院は早くから電子書籍に着手しており、1991年に電子書籍版医学書を出版したことも特筆すべき事実です。 参考: 医学書院の出版と評判、その特徴 前述の通り、医学書院は医学・看護の領域にて圧倒的なシェアを誇る専門出版社です。 当然医学や看護学、薬学などの専門的領域についての出版以外は基本的にありませんので、その内容も非常に専門的で、著者も専門家がほぼ全てです。 従って医学書院の本に対する信頼は非常に厚く、医学書院の本の評判は非常に良い一方で、医学書院から出版したい方は医療に関する高度な知識や実績を持っている必要がありハードルが高いです。 しかしながら医師、薬剤師、看護師等でなくとも、社会福祉士やカウンセラー、栄養士などでも出版したケースが過去にありますので、自身の持つ専門性を種に執筆出来る内容がある方は、医学書院に相談してみても良いでしょう。 従って医学書院にて出版を行う最短経路は、関連する業界で実績を残すことと言えます。 参考: - , ,.

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主人公の若き心理士は、ようやく見つけたデイケアの職場で、上司からいきなり「トンちゃん」と命名され、こう言われた。 「とりあえず座っといて」 座ってみる……。 凪の時間……。 トンちゃんは1分と間が持たない。 そこで隣で新聞を読みふけっているおばさんに話しかけてみた。 「あの……何を読んでおられるんですか? 」 「新聞だけど」 そりゃそうだ、見りゃわかる。 「……なんか面白いことありますか」 「別に。 ただのスポーツ新聞だけど」 「……ですよね」 心理学ハカセの専門性ははかなく砕け散った。 しかし、甲子園に出た興南高校をテレビで一緒に応援したり、朝夕ハイエースでメンバーさんを送迎したり、レクの時間に一生分のトランプをすることによって、やがて「ただ居るだけ」の価値を見出していく。 それにしても、なぜこの「ただ居るだけ」の価値が人々に伝わらないのだろうか。 トンちゃんは、「居場所」「暇と退屈」「愛の労働」「事件」「遊び」「中動態」「会計」「資本主義」などの概念を足がかり、探求を始めた。 この探求の旅は、彼自身の一身上の変化とともに、意外な方向に転換する。 なぜこの「善きケア」がときにブラック化していくのか、という問いが彼を衝き動かしたのだ。 一般社会で居づらい人たちのためのアジール(避難所)が、なぜアサイラム(収容所)に転化するのか? それは偶然の出来事なのか? ケアという行いに内在した構造的な原因があるのか? そして、いったい何がケアを損なうのか? トンちゃんは血を吐きながら(実話)、じりじりと真犯人を追いつめていく。 主人公をとりまくハゲ、デブ、ガリの看護師三人組にはケアの何たるかを教えられ、強気の事務ガールズのヒガミサと「ケアのダークサイド」に挑み、月の住人ユウジロウさんには内輪受けのギャグで心底癒されます。 そして最後、主人公がこのデイケアを去るとき、やくざに追われ続けて20年のヤスオさんとのキャッチボール風景はじつに感動的です。 ここでは詳細は書けませんが、代わりに著者の言葉を引いておきましょう。 「ただ居るだけ」の価値を、僕は官僚や会計係を説得する言葉にすることはできない。 だけど、僕は実際にそれを生きた。 だから、その風景を、そのケアの質感を、語り続ける。 本書はケアとセラピーについて考え抜かれた思想書であると同時に、沖縄で知り合った人々との魂の交流を描く、極上の物語です。 著者について 東畑開人(とうはた・かいと) 1983年生まれ。 2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。 沖縄の精神科クリニックでの勤務を経て、2014年より十文字学園女子大学専任講師。 2017年に白金高輪カウンセリングルームを開業。 臨床心理学が専門で、関心は精神分析・医療人類学。 著書に、『美と深層心理学』京都大学学術出版会、『野の医者は笑う』誠信書房、『日本のありふれた心理療法』誠信書房、監訳書に『心理療法家の人類学』(J. デイビス著)誠信書房がある。 *著者より 「この本は僕の青春物語です。 夢見る青年が現実と出会って、完膚なきまでに打ちのめされるお話だからです。 そのほろ苦い、いや苦杯を一気飲みするようなきつい敗北を経て、僕は友情と知を得ました。 ケアとセラピーの価値について究極まで考え抜かれた本書は、同時に、人生の一時期を共に生きたメンバーさんやスタッフたちとの熱き友情物語でもあります。 一言でいえば、涙あり笑いあり出血(!)ありの、大感動スペクタクル学術書! 「普通に死ぬ」を再発明する。 病院によって大きく変えられた「死」は、いま再びその姿を変えている。 現在の在宅死は、かつてあった看取りの文化を復活させたものではない。 先端医療が組み込まれた「家」という未曾有の環境のなかで、訪問看護師たちが地道に「再発明」したものである。 著者は並外れた知的肺活量で、訪問看護師の語りを生け捕りにし、看護が本来持っているポテンシャルを言語化する。 「看護がここにある」と確かに思える一冊。 著者の齋藤陽道さんもパートナーの麻奈美さんも、耳の聞こえない写真家です。 陽道さんの第一言語は日本語。 麻奈美さんは日本手話。 言葉が違えば見ている世界も違います。 ふたりの間に生まれた樹 いつき さんは、どうやら聞こえるらしい。 聴者です。 からだが違えば見ている世界も違います。 そんな「異なる」3人が、毎日をどんな風に過ごしているのか。 本書は、ケアが発生する現場からの感動的な実況報告です。 しゃべれるほうが、変。 吃音とは、言葉が肉体に拒否されている状態です。 しかし、なぜ歌っているときにはどもらないのか? なぜ独り言だとどもらないのか? 本書は、従来の医学的・心理的アプローチとはまったく違う視点から、 吃音という「謎」に迫った画期的身体論です! 自傷患者は言った「切ったのか、切らされたのかわからない。 気づいたら切れていた」。 語る言葉がないのか? それ以前に、私たちの思考を条件付けている「文法」の問題なのか? 若き哲学者による《する》と《される》の外側の世界への旅はこうして始まった。 ケア論に新たな地平を切り開く画期的論考。 大学院で博士号まで取得した著者は、「ケアじゃなくてセラピーをしたい p. 22 」と考え、沖縄のある精神科クリニックで働き出す。 しかし、彼に求められたものは、クリニックの一部である精神科デイケアのスタッフとしての仕事であり、著者はそこで働くなかで「セラピーとは何か。 ケアとは何か。 28 」「『ただ、いる、だけ』の価値とそれを支えるケアの価値 p. 337 」について等、根源的に考えざるを得なくなる。 本書は、そういう著者の思索を、デイケアでの様々な出来事と重ね合わせて辿っていく。 全体としては、著者の「成長物語」にもなっており前向きなのだが、最終章だけはデイケアの「ダークサイド」について論じており、トーンが違う。 本書に登場するメンバー(デイケアに来る人たち)について「私のさまざまな臨床体験を断片化し、改変し、新しく再構成した p. 345 」と著者は記し、また「この本の体裁は物語とかエッセイに見えるかもしれないけど、僕はね、これをガクジュツ書のつもりで書いてます p. 268 」とも述べるが、メンバーや同僚と著者のやり取りは実に生き生きとして「物語」として魅力的である。 いくつかの引用。 「心の深い部分に触れることが、いつでも良きことだとは限らない。 49 」 「自立を良しとする社会では、依存していることそのものが見えにくくなってしまうから、依存を満たす仕事の価値が低く見積もられてしまうのだ。 107 」 「人は本当に依存しているとき、自分が依存していることに気がつかない。 114 」 「この本は精神科デイケアを舞台にしたお話ではあるのだけど……これはケアしたりされたりしながら生きている人たちについてのお話……そう、それは『みんな』の話だと思うのだ。 347 」 それにしても、「生き延び」るために、同僚にICレコーダーを貸したり贈ったりする必要がある職場っていったいどういう職場なのだ。 「僕のいたデイケアが……ブラックデイケアであったというわけではない p. 305 」と著者はわざわざ書くのだが。 難しいことを難しく説明するのは簡単だが(いや多分前提として頭が良くないとダメでしょうが)、本当はとても難しいことを面白く表現するのというのは難しいですよね。 本著はそれに成功しているのですね。 面白かった。 書いてくれてありがとうございました。 読む前は、え?なんですと?京大大学院卒?高学歴で頭良すぎてスパイラル起こしちゃってんじゃないのか?大丈夫なのぉと、偏見とひがみと先入観で懐疑満載でしたが、読み終わってみれば、嘘くさいハッピーエンドでお茶を濁されることなく、一緒に四年間働いてきたデイケアの同僚だったような気分にさせてもらった。 そして考えさせられた。 何か友との別れの虚無感のような、疲労感と爽快感と。 筆者が成長した物語なので一緒に成長した気持ちになれる。 だから爽やかな後味なんだろう。 そっか、河合隼雄先生の門下生ということか、見直したぜ。 いえごめんなさい、お見それしました。 円環的な時を筆者と共有できて良かった。 うん、超頭のいい理想に燃える人が理想と現実を知り現場で傷つき疲労困憊し、それを恐れずに言葉にしてくれた。 ありがとう。 そしてとても大事なことをこういう風に面白く読み手に受け止めやすく書いてくれたおかげで、受け止めるだけじゃなく、頭で理解するだけじゃなく、自分自身の言葉で語れる人も増えてくるんじゃないかな。 そうすると、いずれここで書かれている『いる』を支えることというか、人同士の関わり…、集まり、つながり、意味、意義、そんなものの概念に対して意識改革が起こったりして。 『いる』ことの本質がみんな共有できる感覚になっていけば、今は見えづらいそれが、いつか形をとり、チカラを持ち、いつの日か『会計の声』に対抗しうる何かになるかもしれない、……ならないかもしれない。 昔、デイで働き2年間で退職した酸っぱい経験を思い出した。 あれは何だったのか未だ総括できていない私にはとてもとても必要な一冊でした。 私は医療従事者でもなく、臨床心理とは無縁の会社員だが、好奇心で本書を読んでみた。 自分の立場だと、本書の内容が、会社の辞め方と、恋人や家族との付き合い方の2点において、特に参考になると感じた。 まずは、会社の辞め方についてだ。 これはネガティブな意味ではなく、これからの時代、1つの会社に勤め上げることはあまり現実的ではない。 となると、どのような去り方が良いのかは知っておく必要があると普段から思っていた。 本作で表現されている傷つけない辞め方、傷つきと向き合う辞め方という2種類の辞め方を知れたのは良かった。 会社の場合だと、自分と特に関係が深い相手とはセラピー的な辞め方を、あまり関わりがなかった相手とは傷つけない辞め方が良いのかなと感じた。 とはいえ、本書で述べられていた通り、人と付き合うということは、葛藤を抱えつつ、その都度その都度何が良いか判断しながら付き合っていく必要があるため、一概には言えない。 続いては、恋人や家族との付き合い方についてだ。 本書の中で、とある哲学者が、日常に支障をきたさないために誰かがやらなければいけない素人でもできる仕事を、「依存労働」と呼ぶと紹介してくれる箇所がある。 依存労働について、本書では、現在の世の中は自立を良しとする風潮のもと成立しているため、家事などの依存労働の社会的価値が低くなっている、依存労働は見えにくくなってしまうため、どうしても仕事の価値も低く見積もられがちであることに言及している。 そう言われてみると、確かに依存労働は社会的価値が低くなりがちだ。 そのことを自分が自覚して、相手の行動に敬意を表し感謝できるか、そこが夫婦円満や、家庭円満の1つのポイントになってくるのかなと読みながら感じた。 また、依存労働者には、依存労働者をケアする「ドゥーリア」による支えが必要という部分も興味深かったが、長くなってしまうためこの部分の感想は割愛させていただく。 本書は学術書である、という著者の主張どおり、参考文献も多く、学びが多い本である。 一方で軽妙な語り口で、読みやすい本でもある。 個人的には、自分と全然関係ない分野でも、自分にとって必要な新しい気付きや発見って本当にできるんだなと実感できた本だった。 総じて読んでよかった。 前著において、多くの人から憧れられる純金の心理療法ではなく、現代日本のそこここで行われている『ありふれた心理療法』に焦点を当ててみせた著者が、今度は日本のデイケアにスポットを当てています。 著者の代表作ともいえる『野の医者は笑う』が疾走感あふれるコミカルなノンフィクションだったのに対し、本書は笑いどころがたくさんあるにも関わらず、一貫して不安定で、脆さを感じさせる空気に包まれています(他のレビュワーさんが書かれているように、統合失調症の症状のような、足場がもろもろと崩れそうな感じがします)。 だからこそハラハラしてページをめくらずにいられませんでした。 セラピーで身を立てようと意気込んで沖縄にやってきた著者が、勤務先でデイケアに出会い、「ただ、いる、だけ」というあり方に戸惑いながらもその意味を探求していくプロセスが、物語のようにして紡がれていきます。 著者の体験の記述と、それがどうして起こったのかを考える省察とのバランスが絶妙だと思いました。 たとえば、突如勃発したメンバー同士のトラブル(事件!)に際し、著者がビビッて動けなかった、というシーンは印象的です。 著者は看護師の迅速な対応を見て自身のチキンな性格を嘆き、それだけでは終わらず看護師と心理職との専門性の違いを知的に考察してみるものの、やっぱり割り切れずに「ケア」とは何なのかと悩んでいく…というように、生々しい体験と論理的思考とが行ったりきたりする描写がダイナミックで、読んでいて引き込まれました。 最終盤は意外な方向に論が展開し、そこが非常に刺激的で、考えさせられました てっきり「ケア」の意義や重要性を提示して、同じように戸惑っている在野の数多の心理職に支持と勇気を与えるような結びかなーと思いながら読んでいたのですが、良い意味で裏切られました。 著者の視点は、臨床心理学だけでなく、広く社会に開かれています。 それにしても、この『シリーズ ケアをひらく』は名著が多いです。 本書は特に、装丁や内部のイラストまでこんなに凝った内容で2160円とは…医学書院さん本当にありがとうございます。

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【出版社情報】医学書院の出版の特徴と評判、その傾向(メリットとデメリット)

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『系統看護学講座』の概要• 以来50年の間、必要な教育内容・教科を組み込みながら、より充実したシリーズの教科書として改善を重ねてまいりました。 さらに2009年のカリキュラム改定を受けて、『災害看護学・国際看護学』ならびに『病態生理学』を刊行しました。 2016年版では『看護研究』を、2017年版では『臨床薬理学』を新刊として発刊しました。 2018年版では、『家族論・家族関係論』をリニューアルした『家族看護学』を発刊しました。 2020年版では14巻の改訂を行います。 既刊の各巻についても、引き続きカリキュラムの趣旨に沿って内容の吟味を欠かさず行い、定期的な改訂を行っています。 教科書には、そのときどきの時代的課題や教育的理念を的確にくみ取り、それを紙面に反映させる機能が求められます。 本講座では定期的な改訂を行うことによって、こうした時代の求める課題に対応しています。 また、見てわかりやすい教科書作りにも努め、多くの巻において紙面をカラー化しています。 時代の変化にかかわらず、基本的に疾患・障害をかかえる人が対象となる医療や看護では、「系統別」が実際的であり、学問・教育のうえで無理がなく、また現行の医療のしくみ・制度、診療・看護の実践にも適合するものと考えています。 あわせて、別巻を設けることにより、教育・医療環境の変化に伴うカリキュラム構成の変化にも、柔軟に対応しています。 2017(平成29)年3月に発表された「看護師国家試験出題基準(平成30年版)」にそって、国家試験を念頭に置き本講座の点検を行いました。 別途に作成しましたからも、「出題基準」に示される出題範囲を本講座が網羅していることがおわかりいただけることと思います。

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