マドレーヌ 名前 由来。 マドレーヌ

マドレーヌ

マドレーヌ 名前 由来

洋菓子をよく作るのですが、それぞれの名前にはいろいろな由来があると聞きました。興味があるので教えてください。 洋菓子の名前は人名や地名、形などからつけられている場合が多いのですが、ここではよく知られているお菓子について、そのいわれの一部をご紹介します。 洋菓子作りの楽しみにお役立てください。 【パウンドケーキ 英 pound cake】 バターケーキの一種。 パウンドケーキ型で焼き上げる。 材料に使う小麦粉、バター、砂糖、卵をそれぞれ1ポンドずつ 同量 配合して作ったことからこの名がある。 現在では必ずしも同量ではない。 【マドレーヌ 仏 madeleine】 フランスのバターケーキの一種。 貝殻型 マドレーヌ型 を使うことが多い。 名前の由来については諸説ある。 フランスロレーヌ地方ムーズ県コメルシーの町の料理人マドレーヌ・ポーミエが新しいデザートを創作し、マドレーヌ・ド・コメルシーと名づけ、後にコメルシーの銘菓となった説が有名。 【フィナンシェ 仏 financier】 粉末アーモンド、バター、卵白、砂糖を使った長方形 金塊に見立てる の型に流しいれて焼き上げた菓子。 フィナンシェには「財界人、資本家、金持ち」という意味がある。 【タルトタタン 仏 tarte tatin】 フランス菓子のリンゴのタルト。 タルト姉妹のタタン タルト・デ・ドゥモアゼル・タタン ともいう。 20世紀初め頃にソローニュ地方で小さなホテルを営むタタン老姉妹が、客に出すリンゴのタルトを作っていると、オーブンから出すときに誤って器をひっくり返してしまう。 リンゴと生地が逆のまま焼いたところ、表面がカラメル状になり、リンゴの香味がおいしいと評判になったという挿話がある。 また、古くから存在した菓子とする説もある。 【バウムクーヘン 独 baumkuchen】 年輪模様の菓子。 バウムとは「樹木」、クーヘンは「ケーキ」の意味で、切り口が木の年輪のように見えることからこの名がある。 【シフォンケーキ 英 chiffon cake】 絹のようにきめが細かく柔らかく、口当たりのよいケーキの総称で、英語の「薄い絹織」を意味するシフォンの名がある。 フランス語のシュー・アラ・クレームが正式名称。 英語ではクリームパフという。 焼いて膨らませたシューに甘いクリームを詰めたフランス菓子。 シューとは「キャベツ」の意味。 焼き上がった形がキャベツのように見えることからこの名がある。 ドイツ語ではブリッツクーヘン、フランス語ではエクレールと呼ばれ、いずれも「稲妻」の意味がある。 名前の由来にはクリームが脇からはみ出しやしやすいので稲妻のように素早く食べること、チョコレート、フォンダン 上にかける砂糖衣 が光って見えること、表面の割れ目が稲妻のように見えることなど諸説ある。 【ミルフイユ 仏 mille-feuille】 3枚のフイユタージュ パイ生地 にカスタードクリームをはさみ、上にパウダーシュガーやフォンダンをかけたパイ菓子。 ミルは「千の、数多くの」、フイユは「葉、紙」の合成語。

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マドレーヌ 名前 由来

小麦・小麦粉に係る話題 第94回 小麦粉のある風景 マドレーヌと焼き菓子 ひらの あさか マドレーヌ君の名は フランスの発祥の貝殻の形をした「マドレーヌ madeleine 」。 名前の由来には諸説ありますが、ひとつのエピソードを紹介します。 18世紀中頃、フランス西部のロレーヌ地方の元ポーランド王のスタニスラス・レクチンスキー公という人が、ロレーヌ地方のコメルシーというところで、パーティーを開いておりました、。 ところが、料理長と菓子職人が喧嘩をして、菓子職人が帰ってしまい、困った料理長は、手伝いに来ていたメイドがおいしいお菓子をつくるという評判を聞き、さっそくメイドに頼んで、ありあわせの材料で焼き菓子をつくってもらいました。 この焼き菓子が皆にたいへん好評で、焼き菓子を大層気に入ったレクチンスキー公が、これをつくったメイドの名前から「マドレーヌ」と名づけたのでした。 レクチンスキー公には、ルイ15世に嫁いでヴェルサイユ宮殿に暮らす娘マリー・レクチンスカ王妃がいました。 レクチンスキー公が彼女にマドレーヌを送ると、このかわいい小さな焼き菓子は、ヴェルサイユ宮殿のみならず、たちまちパリ中に広まって、人気を集めたといいます。 このマドレーヌのレシピは、門外不出といわれていましたが、その後、コメルシーのある菓子職人が、秘伝のレシピをかなりの高値で買い取ったそうです。 おかげでマドレーヌは、広く世に出まわるようになって、今日、日本でも食べられるようになったのでした。 基本的なマドレーヌのつくり方は、小麦粉に溶かしバター、砂糖、全卵、ベーキングパウダーを合わせた生地を、貝殻の形をした型に流して焼き上げたものです。 なぜ貝殻の型かというと、その昔スペインへの巡礼が盛んだった頃のこと、巡礼者が貝の殻を携帯用の食器として持ち歩く習慣があったそうで、その形を引き継いだといわれています。 兄弟分のフィナンシェ 「フィナンシェ financier 」もフランス生まれの焼き菓子です。 フランス語で「金融家」「金持ち」という意味がありますが、フィナンシェ型といわれる台形の金型からつくられる菓子の形が、色、形ともに金塊に似ているところからその名がつけられたとか。 また、パリの証券取引所周辺の金融街近くサン=ドゥニ通りの菓子職人ラヌが、金融家のために背広を汚さずに食べられるようにと、つくったのがその始まりという説もあります。 マドレーヌにも似たフィナンシェですが、つくり方は、小麦粉にアーモンドパウダーを加え、卵白、ブール・ノアゼット 焦がしバター 、砂糖を合わせて混ぜ、フィンシェ型に流し入れて焼いたものです。 焦がしバターとアーモンドの香ばしい風味がたまらないおいしさです。 兄弟分のようなマドレーヌとフィナンシェその違いは、フィナンシェは卵白のみを使うのに対して、マドレーヌは全卵を使うところです。 パウンドケーキとは 「パウンドケーキ pound cake 」はイギリスで生まれたシンプルなバターケーキです。 生地は、小麦粉、バター、砂糖、卵の4つの材料でつくられています。 この4つの材料すべてを同量 1ポンド でつくるため、イギリスの重さの単位パウンド ポンド に由来して、パウンドケーキと呼ばれるようになりました。 途中で中央に包丁で切れ目を入れると、きれいな山形に割れます。 好みでナッツやドライフルーツを加えたり、生地にチョコレート、ココアや、香りづけにブランデーなどを加えてもおいしい。 ダックワーズとは ダックワーズ dacquoise は、フランスのダクス地方の地名がその名の由来で、アーモンドパウダーとメレンゲを主材料とした焼き菓子です。 もともとダックワーズは、アントルメ ホールケーキ の底生地として使われ、バタークリームを間に挟んでいくつか積み重ねる形で使われていました。 現在よく見かける小判型をしたダックワーズは、じつは日本生まれで、福岡市の菓子店『16区』のオーナーシェフが、パリ16区の菓子店でシェフを務めていた時に、試行錯誤のうえに考案し、日本で店をオープンする時、この菓子の名前を本来のフランス語の発音である「ダッコワーズ」から、発音しやすいように「ダックワーズ」と名前を変えて売り出したのが始まりだそうです。 外側がパリッとしていて、中はしっとりしているのが特徴です。 今では本国フランスでも小判型のダックワーズが売られているそうな。 ダックワーズのつくり方はアーモンドパウダー、粉砂糖、薄力粉を合わせてふるい、卵白で固めのメレンゲをつくる。 メレンゲと粉類をさっくりと混ぜ、絞りだし袋に入れて、セルクル型に絞り出して型を外し、生地の上に粉砂糖をふるいながらかけ、オーブンで焼く。 完全に冷ましてからコーヒーにプラリネを加えたもの、ピーナッツクリーム、チョコレートクリームなど、好みのクリームを挟む。

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マドレーヌとは?

マドレーヌ 名前 由来

日本のパティスリーで、マドレーヌほど有名なフランス菓子が他にあるだろうか。 それほど、どこのお店でも見かけるこの貝殻型の焼き菓子。 実はその起源に関しては、さまざまな説があるようだ。 だが、誰もが認める起源としては、発祥の地がフランスのロレーヌ地方にあるコメルシーという街だということ。 諸説ある中で、一番メジャーな説をご紹介すると、18世紀中ごろロレーヌ地方を治めていた元ポーランド国王、スタニスラス・レクチンスキーがパーティを開いた際、おかかえのパティシエが厨房で口論のすえ、出て行ってしまった。 そのとき、ピンチヒッターとして若いメイドが、祖母に習ったというビスキュイのような菓子を作り、お客様に食べさせたところ、その黄金色のお菓子は、宮廷の人々に大絶賛を浴びたという。 そのメイドの名前がマドレーヌだった。 そして、このロレーヌ公であるスタニスラスは、フランス王ルイ15世の王妃マリー・レクザンスカの父であったことから、このマドレーヌが娘マリーにも送られ、その人気はパリの街にも伝わっていったのだろう。 さて、このマドレーヌ、正式には専用の小さな型を使って、縦長の帆立貝の形に焼き上げられたもの、どうして帆立貝?・・・と思うところだが、実は帆立貝は聖ヤコブのシンボルといわれるもの。 かなり古い説ではあるが、もともとは、聖ヤコブが祭られているスペインの聖地、サンチアゴ・デ・コンポステラへの巡礼者に配られたから、この形をしていたという。 いくら、諸説あるといっても、華やかな宮廷生活と、巡礼者というのは、あまりにも違いが大きすぎて、マドレーヌの歴史の奥深さを思い知らされる。 ここで少し、日本のマドレーヌの歴史を見てみよう。 日本に初めて伝わったのは、江戸から明治にかけて風月堂の職人が横浜の居留地にあった洋菓子店から菓子を学び、その中の一つとしてそれが伝わったといわれている。 当時は型がなく、生地を菊型の和菓子の木型をもとに作成した型に流し、焼いたらしい。 本格的にフランス菓子としてマドレーヌが入ってくるのは、コロンバンの創業者が昭和初期に菓子視察のためパリへ渡り、レシピ、型、製造機械とともに日本へ持ち帰ってからといわれている。 その際の型が細長い帆立型だったため、現在ほとんどのパティスリーではこの型が用いられている。 しかし、昔ながらの伝統をもつ、風月堂などの菓子店は当時の菊型をつかい、カステラ菓子の延長線として今もあの型で焼いてそれをマドレーヌといっている。 しかし、ヨーロッパ、フランスではあの型はなく、マドレーヌとしては認められていないのが事実である。 あの小さな体の中にいくつかの説を持ったマドレーヌ、ここ日本では正統派の長い帆立貝型のほか、ぷっくりと太った形や手のひらを広げたような平らな貝型、どこか懐かしい日本ならではの菊型、味の方でも、プレーンなものから、日本らしく抹茶をいれたもの、ピンク色のフランボワーズ味、しっとりとしたチョコレート味など、店によってさまざまなアレンジを加えられたものが並ぶ。 とはいえ、本当は、シンプルな粉の味わい、バターの味わいを活かした素朴なマドレーヌが、いつの時代でも、どこの場所でも、一番の人気なのかもしれない。 現時点の情報とは異なる可能性がございますのでご了承ください。

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