仮面 ライダー ディケイド。 アナザーディケイド(仮面ライダージオウ)

仮面ライダーディケイド(Kamen Rider Decade)のネタバレ解説まとめ

仮面 ライダー ディケイド

全てを破壊し、全てを繋げ! 光写真館の一人娘、光夏海は、ある夢を繰り返し見てはうなされていた。 その夢では、たった一人の仮面ライダー……仮面ライダーディケイドに対し、無数の仮面ライダーが総攻撃をしては全滅する。 そして夢から覚めた夏海を困らせる、もう一つの悩みのタネが、光写真館に居候している青年、門矢士だった。 写真を撮ることを生業としながら、その写真を撮ることが大の苦手で、「だいたいわかった」が口癖のおおざっぱな性格……。 そんなある日、謎のオーロラとともに怪人が出現する。 夏海と離れ離れになった士は、謎の青年、紅渡から、自らが仮面ライダーディケイドであることを告げられる。 怪人に襲われる夏海を見た士は、バックルとカードケースを手に入れて仮面ライダーディケイドに変身し、怪人たちを倒して夏海を助けることに成功した。 それぞれの仮面ライダーが戦う9つの並行世界が融合し、世界が崩壊しようとしていることを知った士と夏海。 そして二人は、9つの世界をめぐる旅へ出る決心をする。

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仮面ライダー ディケイド ロケ地ガイド

仮面 ライダー ディケイド

『スーパーヒーロー大戦』で鳴滝が変身したリ・イマジネーションドクトルG 実際、「ライダー大戦の世界」では、「スーパーショッカー」の幹部であるリ・イマジネーションゾル大佐に変身し、『スーパーヒーロー大戦』では「大ショッカー」副首領であるリ・イマジネーションドクトルGに変身している。 ともに数多くの並行世界を牛耳ろうとする目的をもった組織に所属しているが、それが彼の真意なのかは明言されていない。 その一方で、「士の世界」では大ショッカーに反発する態度を取り、『仮面ライダー大戦』では、ショッカーの流れを組む「地下帝国バダン」の野望を士に伝え、侵攻を食い止めるように促すなど、善悪もはっきりしていない。 井上正大は雑誌『仮面ライダーEX』のインタビューで、「鳴滝は、急革新的なディケイドに対するライダーファンの声を体現したもの」と解釈した旨を述べている。 「おのれディケイド!」というセリフはファンの印象に残り、「出来事に対して理不尽な因縁をつける」といった意味で特撮ファンの間でスラング化した。 パワーアップを遂げたスーパーアポロガイスト 幾多もの並行世界に存在する悪の組織が結集したとされる「大ショッカー」の大幹部。 自らを「迷惑な存在」と名乗り、語尾に「なのだ」をつけるのが特徴。 「RXの世界」以降で登場する。 武装は大型銃「アポロショット」と剣「アポロフルーレ」、攻防一体の盾「ガイストカッター」、そして自らの延命装置であり他人の生命を吸収する「パーフェクター」。 『仮面ライダーX』に登場した秘密機関G・O・Dの大幹部が元になっているキャラクターであるが、オリジナルが冷酷な一方で敵に敬意をもって接するライバルとしての人気があったのに比べ、リ・イマジネーション版は残酷さや卑劣さが強調されている。 一度敗戦し、パーフェクターが士のものとなったのち、ファンガイアの力を手にすることで、ディケイドやクウガを圧倒するほどの力を持つ「スーパーアポロガイスト」として復活する。 「ライダー大戦の世界」で各並行世界の怪人たちを復活させて、ディケイドらに勝負を挑むものの、手勢を全滅させられた後でディケイドとディエンドが同時に放ったディメンションシュートを浴び、「宇宙で最も迷惑な奴として蘇るのだ!」という断末魔と共に散った。 仮面ライダーディケイドの能力 カメンライド ディケイドライバーに、クウガ~キバまでのライダーカードを挿入することによって、それぞれのライダーの姿に変身することができる。 当初は各ライダーの力は失われており、彼らが存在する世界を巡り、共闘することで効果を発揮する。 『スーパーヒーロー大戦』では仮面ライダー1号にもカメンライドしていた。 「アタックライド」のカードによって、時間軸をずらした高速移動であるカブトの「クロックアップ」などの強力な固有能力を発揮することが可能。 「ファイナルアタックライド」のカードでは各ライダーの必殺技を使用できる。 「フォームライド」のカードを使うと、ファイズの「アクセルフォーム」などの、各ライダーの強化形態にも変身できる。 リ・イマジネーション響鬼を「ヒビキオンゲキコ」へと変化させる様子 コンプリートフォーム 「ネガの世界」に保管されていた、携帯端末状のメカニズム「ケータッチ」を使用することで「ファイナルカメンライド」する超強化形態。 上半身と額に平成10人ライダーのライダーカードが装着される。 ケータッチのパネルに表示されたアイコンをクリックし、ディケイドライバーにそのライダーに対応したファイナルアタックライドのカードを挿入することで、各ライダーの超強化形態の幻影を召喚し、2人で必殺技を放つ。 仮面ライダーカブトであれば「ハイパーフォーム」の超高出力のエネルギー砲「マキシマムハイパーサイクロン」、仮面ライダーアギトであれば「シャイニングフォーム」の斬撃「シャイニングクラッシュ」といった具合である。

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仮面 ライダー ディケイド

特撮オタクのブロガー、六代です。 最近ディケイドを見直してみたが、やはりこの作品はどう擁護しようとも『失敗作』の域を出ないと改めて認識させられました。 僕は昭和ライダーから今の平成ライダーに至るまで全てを網羅したファンですが、それでもやはりこの『ディケイド』という作品を好きになることはできない。 しかしながら、作品の世界観自体は大好きだ。 いや、設定としてはむしろ一番好きだと言っても過言ではない。 だって、考えてもみてくださいよ。 今までのライダーが全員出てくるんですよ? それもストーリーに絡まって、時には力を貸してくれたり。 クウガからキバに至るまで、当時のライダーたちが全員ですよ? 特撮ファンからすれば興奮しないわけないじゃないですか。 リアルタイムでこのディケイドという作品が告知されたとき、放送当日まで僕は眠れない夜を過ごしていました。 もう楽しみで楽しみで、あの時のワクワク感は今でも記憶にしっかりと刻まれています。 放送当日、仮面ライダーディケイドの1話を見た瞬間に思わず興奮で身体が震えたのは当時僕だけでは無かったはず。 G3がいる!アギトも!あれゾルダだ!電ライナー!クウガ!響鬼にファイズ! もうね、おもちゃ箱から突如欲しかったものが全て溢れ出てきたと言っても過言ではないほどの幸福感で満たされていました。 そして、こう確信したんです。 「この作品はヤバい!絶対面白い!ライダーの歴史の革命だ!」 しかし、最終話までもつれ込んだ結果があの様……。 でも、当時の僕はディケイドの最終話を見ても大して怒りがこみ上げてこなかった。 むしろ必然だと思って変に納得したのを覚えています。 当初の興奮は何のその、中盤あたりから薄々感じ始めていたんです。 「ああ、この作品ダメだわ……」と。 『ディケイド』ははっきり言って『カブト』や『響鬼』などとは比べ物にならないほど思い切り躓いてしまった作品に他ならない。 この『仮面ライダーディケイド』が失敗した要因を、今回は商業的な観点ではなく作品的観点から考察していきたいと思う。 ディケイドの失敗その1、『主人公を主役にしすぎた』 タイトルは決して打ち間違えではありませんので。 主役はいなければストーリーは成立しない、これはどんな作品においても当然のことです。 物語というのは主役を中心に右往左往あり、初めて起承転結が綺麗にまとまるものです。 しかし、このディケイドという作品だけはそのテンプレートには当てはまらない。 この作品のコンセプトはそもそも、『平成オールライダー全出演』なのである。 つまり、主役はディケイドではなく『9人のライダーたち』なのだ。 これを活かす役割を担うディケイドという存在は、むしろ彼らを引き立たせる脇役ポジションに位置する。 ディケイドは、真の主役である9人のライダーの魅力を存分に引き立てねばならない。 乱暴な言い方をすれば、「仮面ライダーディケイド」本人が戦っている姿は作品自体に全く必要ない要素なのである。 むしろ彼は、9人のライダーの力を活かすためにヤラレ役ポジションにいなければならない。 これを30分後半まで引っ張り、最後に9人の内いずれかのライダーに変身し、そのライダーの力を使って相手を倒す。 これこそが、ディケイドを見る視聴者にとって最高のカタルシスとなるのだ。 仮面ライダーにはそれぞれ当時をリアルタイムで見ていたファンというものが存在する。 子供の頃に見ていた一番好きな仮面ライダー、分かりやすく『推しメン』と表現しよう。 ディケイドを見ていて一番嬉しい瞬間、それは自分の好きだったライダーが再びディケイドという作品で蘇り、当時のように敵をかっこよく倒す、ここである。 ディケイドを見る視聴者が望んでいるのは、正にここだけだ。 上記のことからはっきり言ってしまえば、ディケイドが活躍するのはお門違いなのである。 自分の推しメンを見たがっている視聴者が、ディケイドなどという訳の分からないライダーが敵をなぎ倒していくのを見て一体なんの感銘を受けるだろうか。 変身しないの? クウガは?ブレイドは?早く電王になってよ! こういう不満が散りつもっていくのは火を見るより明らかだ。 『全てのライダーに変身できる』、この素晴らしい設定を活かすのであれば、毎回どれかのライダーに変身して敵をかっこよく倒していくべきだった。 まずディケイド自体が他のライダーの力に頼らなくてもそこそこ強いという矛盾が、この作品のボタンの掛け違えを象徴しているともいえよう。 このことから、仮面ライダーディケイドに最初からストーリーは必要なかった。 むしろ、ディケイドという作品に視聴者が望んでいたのはそこではない。 ただひとつ、『自分の好きなライダー、他のライダーにたくさん変身してかっこよく戦ってほしい』 『仮面ライダーディケイド』の構造的失敗の大きな要因である。 ディケイドの失敗その2、『キャストの人選、およびキャラクターの魅力の欠如』 先ほど記載したように、ディケイド自体が強くある必要は全くない。 むしろ、物語のコンセプトとして9人のライダーの活躍を活かせなくなり、邪魔な要素に他ならない。 その矛盾の一端であるのが、この井上正大氏演じる主人公『門矢士』だ。 彼のひねくれキャラを愛するファンは確かに少なくない。 他のライダーと並んでも引けを取らない所が良いと、一定の視聴者に受けが良かったのも評価に値する。 しかし、ディケイドという作品の主人公という観点から見ると、彼は正に『世界(観)の破壊者』だ。 「他のライダーと並んでも引けを取らない」これは逆に考えると、パラレルワールドに存在する他のライダーたちよりも強いということだ。 その世界のライダーの力を手に入れようと来たにもかかわらず、既にディケイドはそのライダーよりも強いのである。 これはそもそも目的の矛盾だ。 だとすればその世界のライダーの力をわざわざ借りる必要はない。 これは変身者である「門矢士」というキャラクターにも一定の責任がある。 門矢士は、9人ライダーの力を借りるというポジションにもかかわらずそのキャラクター性があまりに傲慢なのだ。 例えば仮面ライダーカブトの「天道総司」、彼の傲慢な性格は彼自身の強さと作品コンセプトの『俺が正義、最強の仮面ライダー』を象徴するにふさわしいものだ。 故に、彼は誰の力も借りることなく最強を自ら自称しているのである。 しかし、ディケイドは違う。 ディケイドはその作品コンセプトから、否が応でも9人のライダーの力を借りなければならない。 つまり、彼はパラレルワールドに存在しているライダーたちの一歩後ろにいないとその関係は成立しないのだ。 だが、門矢士はパラレルワールドのライダーたちをその性格からむしろ引っ張り、主導権を持っている。 頼れるお兄ちゃんになってしまっているのである。 これは作品自体の矛盾だ、これではディケイドにおいしいところを全部持っていかれ、9人ライダーたちは全員彼を引き立たせる添え物になってしまっている。 繰り返すが、ディケイドは主人公であって主役ではない。 敵に啖呵を切る一番の見せ場も、門矢士ではなくパラレルワールドのライダーたちがそれぞれかっこよく言うべきなのだ。 それに感銘を受けた『少し気弱な主人公』が、そのライダーと一緒に戦って敵を倒す。 すると、自然と3つのカタルシスが成立する。 ・主人公であるディケイドのハングリー精神が光り、視聴者たちを感動させられる。 ・主役である9人ライダーたちの強さが光り、その作品を立てつつ視聴者が満足。 ・門矢士がまた人間として一歩成長、最後は本物のライダーへ 王道ではあるがストーリーもある程度成立し、主人公の魅力も 9人ライダーの魅力も引き立たせることができる。 そう、ディケイドという作品の致命的なミスは、ストーリーと設定もさることながら主人公「門矢士」のキャラクター性も原因なのである。 ヒロインの光夏海に至っては、中途半端で謎が多い設定と主人公に対して敬語という口調、俳優さん自身の棒読み芝居も相まってヒロインとしての魅力は皆無に等しい。 というよりも、笑いのツボなどという明らかにすべっている特技も含めてグダグダだ。 小野寺ユウスケ、これは言わずもがな「門矢士」と一緒だ。 そもそも旅についてくる必要はなく、クウガに変身できる「門矢士」と立ち位置も被る。 性格自体も本家『五大雄介』の面影は一切なく、ネタキャラの域を出ない。 人間らしくて良いという意見もあるが、ただ純粋にコミカル担当のいなくても良い人物である感は否めないだろう。 総じて、 ・「門矢士」の性格をもっと気弱に、かつ芯は強く。 ・「光夏海」のキャストをもっとお芝居が上手な人に。 ・小野寺ユウスケ含め、9人の世界のライダーたちをもっとたくましい性格のキャラクターに。 こうすれば、少なくともキャラクター性と作品コンセプトはぶれずに済んだはずだ。 ストーリー云々以前に、キャストや物語のキャラクター性自体がブレブレなのだから良作になるはずもない。 むしろ、まだ失敗作で済んだのが幸いだ。 ディケイドの失敗その3、『中途半端なサブライダー、ディエンドの存在意義』 僕が最も失敗だと思ったのはこれ、海東大樹が変身する2号ライダー『ディエンド』の存在だ。 彼はディケイドと違い、各々の作品の『サブライダー』を自由に召喚できるというある意味ディケイドよりもおいしい立場を持っていたも関わらず、その存在意義が全く活かされなかった可哀そうなライダーだ。 まず、その立ち位置があまりに中途半端だ。 お宝を集めていた理由も現実から目をそらすためといまいちパッとしないし、敵役としても時折り邪魔しに来るだけで小物感が拭えない。 どうせならどちらかに振り切ってしまったほうが物語のキャラクターとしても光る。 敵役でいえば王蛇、味方であればガタックなどが良い例だろう。 キックホッパーやギルスなど、どっちつかずのダークヒーローは少なくとも一定の魅力が必要不可欠なのだ。 また、キャラクター性においてもディエンドが直接戦う必要はなく、敵として、あるいは味方としてどれぞれの作品ごとのサブライダーを毎回召喚すれば盛り上がる。 ディエンドが召喚した王蛇やカイザに挑むディケイド、本来味方同士である G3-X(ディエンド) VSアギト(ディケイド)など、ドリームマッチにしても盛り上がる。 共闘するリュウガ(ディエンド)&龍騎(ディケイド)なども面白いかもしれない。 上記のことからディエンドのコンセプト自体はディケイドを超えるほどの可能性やポテンシャルを秘めていたのだ。 ただ、それを活かせなかったゆえにあのような邪魔なだけのライダーになってしまったのである。 ディエンドも、そういった意味ではディケイドという作品の被害者なのかもしれない。 総じて『ディケイド』は、最高の設定がありながらも失敗してしまった作品 長々と語りましたが、この辺でそろそろ終わりにしたいと思います。 冒頭で述べたように、僕は世界観や物語の設定としては『ディケイド』というライダーが大好きです。 全ライダーに変身できるなんて、ライダーファンのロマンじゃないですか。 しかし、作品としては間違いなく一番嫌いなライダーです。 後でシンケンジャーや中途半端に昭和ライダーを混ぜるくらいなら、もっと9人ライダーの世界を掘り下げても良かったのに。 最終回でも、最後の強敵に9人のライダーの力や特性を上手く使い分け、命、もしくはベルトと引き換えに倒す……本物のライダーとなり、世界は守られる。 コンセプトは9人ライダーなので、こんなエンディングでも良かったのではなかろうか。 少なくとも、本編のように中途半端で終わらせるよりは遥かに良いと思う。 いかなる理由であれ、作品を起承転結で完結させないというのはその作品に対する冒涜だ。 結末の無い作品は、どう言い訳しようとも駄作でしかない。 『世界の破壊者』、聞こえは良いが設定上これは成立し辛い。 もっと簡単に、『すべてのライダーを救うライダー』でも良かったのに。 仮面ライダーディケイド……ほんとに惜しかった。 上手くいけば、絶対名作になったはずなのに……特撮ファンとして、非常に残念でなりません。 平成2期ライダー10周年で、もし同じようなコンセプトに挑戦するのであれば、今度はぜひ成功させて頂きたいものである。

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