羅生門 季節。 羅生門 (小説)

芥川龍之介 羅生門

羅生門 季節

-あらすじ- ある日の暮れ方、一人の下人が奉公先から 暇を出された(解雇された)ので、羅生門の下でぼんやりと雨止みを待っている。 数年のうちに地震や火事や飢饉などが続いて起こったせいで京都は 酷く荒れ果てており、空には死人の肉を狙う鴉が舞い、不気味なほどにひとけも少ない。 下人はさっきから「このままでは 盗人になるよりほかあるまい」と考えているのだが、一方でその考えを強く肯定できず、 どうしたもの かと思案している。 ともかく今日の寝床を確保しようと羅生門の楼の上に出るが、人のいないと思っていた楼の上には火がついていて、どうやら 人がいるようである。 上にいたのは痩せ細った 老婆で、死体の髪の毛を一本一本抜いている。 それをみた下人は激しく憎悪し、老婆の前へおどり出る。 老婆は驚くが、「これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、 仕方がなくする事じゃわいの」と言う。 それを聞いた下人は「 きっと、そうか」と念を押し、「では、 己 おれが 引剥 ひはぎを しようと恨むまいな」と言うが早いか老婆の着物を剥ぎ取り、暗い夜の中にまぎれていった。 ・『羅生門』-概要- 主人公 下人 物語の仕掛け人 老婆 舞台 平安京羅生門 時代背景 平安時代末期・晩秋 作者 芥川龍之介 -解説(考察)- ・下人はなぜ悪に走ったのか? 下人の自問自答・老婆とのやりとり あらすじでもみたとおり、下人は 職を失い、他に探せる職もありません。 そんな中、俺は盗人になるのか?それともどうにかして生きていくのか?いやどうにもならないだろう、やはり盗人になるほかあるまい、いや、でも、、、という 自問自答が下人の中で 際限なく繰り返されるのです。 盗人の他に道がないのであれば、論理的には下人は 盗人になるしかありません。 ですが、下人の 道徳観がそれを押しとどめているという形です。 つまり、下人は善悪の狭間で揺れているのです。 では、下人はどのようにしてその自問自答にけりをつけたのでしょうか。 その決め手となるのが物語終盤の 老婆とのやりとりです。 そのやりとりは大体以下のようなものです。 老婆 少しポップに脚色しましたが、大体こんなところです。 老婆の言い分にも うなずけるものがありますね。 まとめてみると、老婆の論理はこういうものです。 女(死体)は生きるために蛇を売っていた。 だからわし(老婆)も生きるために女の髪を毟ってかつらを売る。 ・生きるためには仕方がない 下人の論理 下人は羅生門の下で、 盗人になるかならまいか思案していました。 しかし、自分で決断することが出来なかった下人は、老婆とのやりとりの中で 悪事を肯定する論理(生きるためには仕方がない)を見出し、 悪に身を委ねることにしたのです。 下人の論理をまとめるとこうなります。 女(死体)は生きるために蛇を売る。 老婆は生きるために女の髪を毟ってかつらを売る。 じゃあ俺(下人)も生きるために老婆の服を剥いで売る。 見事に悪の因果が続いていますね。 こうした 人間のエゴを芥川龍之介は見事に描いています。 ・下人の行方は? 『羅生門』はハッピーエンドか 国語の授業などではよく、「作品のその後を想像して書きなさい」といった設問が見られたりします。 この『羅生門』も例に漏れず、「下人の行方を想像して書きなさい」という設問は多いようです。 「 下人はその後盗人の世界で名声をほしいままにし、活動範囲は海をこえて広がりました。 モンゴル帝国、東ローマ帝国へと移動しながら盗みの限りを尽くし、フランスでその盗みぶりは最盛を極めます。 「怪盗ルパン」の元となったのはこの下人だと言われたり言われなかったり、、、」 などと想像力を駆使して下人の行方を考えるのも楽しいですが、 作品の論理(下人の論理)に立つと、実は下人の行方は 容易に想像がつきます。 「俺(下人)も生きるために老婆の服を剥いで売ろう」と考えた下人は、その時点で悪の因果に 組み込まれています。 ですので、次には「 別の 誰かが生きるた めに下人の所有物を奪って売る」という場面が当然待ち構えているはずです。 つまり、羅生門の上にいた老婆の立場に下人が 置き換わるということですね。 こうした『羅生門』の作品構成にしたがえば、残念ながら下人にハッピーエンドは 待ち受けていなさそうにみえます。 『羅生門』-感想 ・結局『羅生門』はどこがすごいのか? 比喩表現が巧みだった! 『羅生門』ってなんでこんなに有名なんでしょうか。 もちろん、教科書にも載っていて結末(オチ)も面白いのですが、どうやらそれだけでもなさそうです。 次の文章を見てみてください。 少し 不思議な表現に気がつきませんか? 「羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである」 芥川龍之介(1997)『羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇』,p9,文藝春秋. 注目してほしいのは、この「 市女笠や揉烏帽子」という部分です。 この市女笠(いちめがさ)や揉烏帽子(もみえぼし)ってなんのことだか分かりますか? これは、平安時代の女性や男性の 被り物のことです。 こんな感じのやつですね。 市女笠が女性の、 揉烏帽子が男性のかぶり物になります。 話を元に戻しますが、ここでの表現(「市女笠や揉烏帽子」)というのは実は 比喩表現となります。 それって比喩なの?と思うかもしれませんが、例えるなら「おいそこのメガネ!」と言うのと同じですね。 物を指しているにも関わらず、それを着けている 人について言及しています。 比喩といえば「見ろ、人がゴミのようだ!(某大佐)」のような 直喩や「お前はゴミだ!(ただの暴言)」のような 隠喩が一般的です。 「おいそこのメガネ!」のような比喩は 換喩といい、一般的には使われることの少ない比喩ですので 高等テクニックだと言って良いでしょう(「花より団子」なんかもそうですね)。 そうした 換喩を芥川龍之介はさらっと使い、しかも読者にほとんど違和感を残しません。 そうした小技が作品の随所に見られ、結果的に 作品全体の質を高めることに繋がっています。 ・下人はどこにでもいる普通の人なんだと思う 職を失って、明日から食べるものもない。 もしこういう状況になったら あなたはどうするでしょうか? いやいや、そんなことは あり得ないよ。 日本は割と豊かだし、法や福祉の整備も割と整っているし。 生きるために仕方なく悪行をするシチュエーションなんてなんてほとんどないよ。 たしかに今の日本で下人と同じ状況になることは 考えにくいですが、時代が変わればこうならないとも限りません。 それに、そうなったら怖いなあ、あまり考えたくないなあ、という気持ちが、『羅生門』という作品を面白く 読ませているのではないかと思います。 誰だって下人になりうる 下人と同じシチュエーションにはならないかもしれませんが、 生きるためには仕方がないという論理は 日常的にみることができます。 たとえば畜産なんかもそうですね。 人間のエゴで 毎年何億羽といった数のひよこが殺されています。 これは 食べられる数ではなく、食用になれない身体の弱い個体を 廃棄する数です。 人間が生きるために 効率の良い生産が求められ、その結果 多くの命が 失われていきます。 これも、 生きるためには仕方がないの論理と言えます。 こうした目を向けたくない 人間の本質や 非情さを ありありと描いたからこそ、『羅生門』は高い評価を得て読み継がれてきたのではないのでしょうか。 『羅生門』と『今昔物語集』の違い 『羅生門』は『今昔物語集』から題材を取って創られました。 (「巻二十九第十八 羅城門登上層見死人盗人語(羅生門の上層に登りて死人を見る盗人のこと)」並びに「巻三十一第三十一 大刀帯陣売魚嫗語(帯刀の陣に魚を売る嫗のこと)」) ですが、元の作品と『羅生門』の違いは たくさんあります。 一部を例に挙げるとこんな感じです。 『羅生門』 『今昔物語集』 主人公 下人 盗人 門の名称 羅生門 羅城門 羅生門にいた人 老婆 嫗 女(死体) 蛇を売っていた 嫗の主人 下人が奪ったもの 老婆の着物 嫗の着物と死体の着物と鬘 もし時間に余裕があれば、それぞれの作品の相違点から『羅生門』を読んでみると、 面白い発見があるかもしれません。 時間がない方は、『羅生門』の 元ネタがあるんだ〜くらいに思っておいて、参考までにその違いを上の表で見ていただければ 嬉しいです。 以上、『羅生門』のあらすじと考察と感想でした。 ほかにも『鼻』や『芋粥』について、また他の作家の作品考察などもあります。 サイトマップから回れますので、よければ見ていって下さい。 ここまでお読みいただきありがとうございました。

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《羅生門 Rashomon》──用謊言掩飾著自己的軟弱 @ 喵魔的亂想魔境 :: 痞客邦 ::

羅生門 季節

カメラマン宮川一夫が凄い! スポンサーリンク イタリアのヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞や、アメリカのアカデミー特別賞を受賞するなど、日本映画が初めて国際的に認められた記念すべき作品である。 この受賞はまだ米軍占領下であり、国際的な自信を失っていた日本人に現代では想像もつかないぐらいの希望と光明を与えた。 これ以降、黒澤作品並びに日本映画が世界で評価されていき、日本映画界も黄金期に入っていった。 ストーリーは、芥川龍之介の2つの短編小説「羅生門」と「籔の中」が元になっている。 物語の本筋は「籔の中」のほうで、これを新鋭の橋本忍と黒澤で脚本化した。 黒澤映画の常連脚本家、 橋本忍の登場である。 橋本忍は佐伯清の弟子としてサラリーマンをしながら脚本の勉強をしていた。 橋本は芥川龍之介の短編小説「籔の中」を脚色した作品を執筆しており、それを佐伯に見せたところ、かねてから友人であった黒澤明の手に渡り、黒澤がこれを次回作として取り上げたという橋本の出世作でもある。 冒頭の雨のシーンはモノクロカメラで迫力のある雨の映像をとるために、水に墨を混ぜてホースで降らせたという。 スポンサーリンク この作品はテーマと脚本で栄冠を勝ち取ったとされますが、モノクロの映像の美しさはそれに勝るとも劣らない価値でしょう。 かなり昔の作品であるにも関わらず、こんなにも映像が綺麗なのか、とため息がでる画がいくつもありました。 黒澤明とともにこの作品で世界的カメラマンとなった 宮川一夫の腕によるものと解釈をせざるをえません。 当時は絶対にタブーであった太陽にレンズを向けるというロックなことをやっていたり。 この作品のテーマは一言でいうと 「事実は1つだが、真実はいくつもある」ということでしょう。 とてもとても深いテーマです。 ひとつに事実に対して、関わった人の数だけ真実があるんですよね。 事実と真実は根本的に違う次元で存在し合っているということを個人的には感じる作品でした。 スポンサーリンク かんたんなあらすじ 平安時代。 羅生門で下人が雨宿りをしている。 そこには杣売りと旅法師も雨宿りをしており、なにか深刻な表情で話しあっている。 下人は退屈しのぎにその2人の話に入っていく。 その話は3日前に起こった、ある殺人事件について。 それはそれは、世にも奇妙な事件についてだった… 企画:本木荘二郎 製作:箕浦甚吾 脚本:黒澤明 橋本忍 原作:芥川龍之介「籔の中」 撮影:宮川一夫 美術:松山崇 照明:岡本健一 音楽:早坂文雄 助監督:加藤泰 若林光夫 田中徳三 出演:三船敏郎 京マチ子 森雅之 志村喬 千秋実 加東大介 上田吉二郎 『羅生門』各サイトレビューまとめ Yahoo! 映画 4. 12点 評価件数 416件 ・ 数学の証明問題のような凝縮された表現 ・芥川龍之介の「藪の中」と「羅生門」をベースにした作品。 ・人間のエゴイズムの醜さ ・鬼も逃げ出す人間の恐ろしさ ・黒澤明の日本人離れしたダイナミックな演出 ・この世の災いよりも恐ろしいものは人の心だ ・3人の人間の心理描写が凄まじく複雑 ・名声に違わぬ作品 ・微妙。 セリフが聞き取りにくい ・「真実が沢山ある。 com 3. 6点 25人 ・「人間」を描く。 ・人の心は不可解なもの ・何を喋っているのか聞き取れなかった。 ・食い違う証言、真実は藪の中。 人間とは何なのか。 ・黒澤映画初心者に ・白黒だけど、なんとなく色を感じる ・黒沢作品は落ち込むだけでは終わらない ・艶あり、凄みありと圧巻的な演技を披露する京マチ子。 ・何度見ても三船敏郎さん志村喬さんはかっこいい。 ・語り口、動と静のコントラスト、そのギラギラさ加減。 ・一つの事件を複数の視点で追ういわゆる『羅生門スタイル』の元祖 ・音楽も美術もそれに従うように骨太な印象。 アマゾンレビュー 4. 2点 24件のカスタマーレビュー ・黒澤明監督が「世界のクロサワ」たる所以の作品 ・迫力のある表現が素晴らしい ・今もまったく色褪せない傑作! ・黒沢映画の中でも特にお薦め ・俳優陣の鬼気迫る演技が素晴らしいのですが、特に京マチ子が傑出してます。 ・若き日の三船敏郎と京マチ子が出演 ・安易なヒューマニズムか、実存的ヒューマニズムか ・何たる衝撃、何たる人間描写。 『羅生門』は、アマゾンプライム会員なら無料で見れます。

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《羅生門 Rashomon》──用謊言掩飾著自己的軟弱 @ 喵魔的亂想魔境 :: 痞客邦 ::

羅生門 季節

ある日の暮方の事である。 一人の 下人 ( げにん )が、 羅生門 ( らしょうもん )の下で雨やみを待っていた。 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。 ただ、所々 丹塗 ( にぬり )の 剥 ( は )げた、大きな 円柱 ( まるばしら )に、 蟋蟀 ( きりぎりす )が一匹とまっている。 羅生門が、 朱雀大路 ( すざくおおじ )にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする 市女笠 ( いちめがさ )や 揉烏帽子 ( もみえぼし )が、もう二三人はありそうなものである。 それが、この男のほかには誰もいない。 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか 辻風 ( つじかぜ )とか火事とか饑饉とか云う 災 ( わざわい )がつづいて起った。 そこで 洛中 ( らくちゅう )のさびれ方は一通りではない。 旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、その 丹 ( に )がついたり、金銀の 箔 ( はく )がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、 薪 ( たきぎ )の 料 ( しろ )に売っていたと云う事である。 洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。 するとその荒れ果てたのをよい事にして、 狐狸 ( こり )が 棲 ( す )む。 盗人 ( ぬすびと )が棲む。 とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。 そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。 その代りまた 鴉 ( からす )がどこからか、たくさん集って来た。 昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い 鴟尾 ( しび )のまわりを啼きながら、飛びまわっている。 ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが 胡麻 ( ごま )をまいたようにはっきり見えた。 鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、 啄 ( ついば )みに来るのである。 ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉の 糞 ( ふん )が、点々と白くこびりついているのが見える。 下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺の 襖 ( あお )の尻を据えて、右の頬に出来た、大きな 面皰 ( にきび )を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。 しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。 ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。 所がその主人からは、四五日前に暇を出された。 前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず 衰微 ( すいび )していた。 今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。 だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。 その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。 申 ( さる )の 刻 ( こく ) 下 ( さが )りからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。 雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。 夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した 甍 ( いらか )の先に、重たくうす暗い雲を支えている。 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる 遑 ( いとま )はない。 選んでいれば、 築土 ( ついじ )の下か、道ばたの土の上で、 饑死 ( うえじに )をするばかりである。 そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。 しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。 下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「 盗人 ( ぬすびと )になるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。 下人は、大きな 嚔 ( くさめ )をして、それから、 大儀 ( たいぎ )そうに立上った。 夕冷えのする京都は、もう 火桶 ( ひおけ )が欲しいほどの寒さである。 風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。 丹塗 ( にぬり )の柱にとまっていた 蟋蟀 ( きりぎりす )も、もうどこかへ行ってしまった。 下人は、 頸 ( くび )をちぢめながら、 山吹 ( やまぶき )の 汗袗 ( かざみ )に重ねた、紺の 襖 ( あお )の肩を高くして門のまわりを見まわした。 雨風の 患 ( うれえ )のない、人目にかかる 惧 ( おそれ )のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。 すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を塗った 梯子 ( はしご )が眼についた。 上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。 下人はそこで、腰にさげた 聖柄 ( ひじりづか )の 太刀 ( たち )が 鞘走 ( さやばし )らないように気をつけながら、 藁草履 ( わらぞうり )をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。 それから、何分かの後である。 羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の 容子 ( ようす )を窺っていた。 楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。 短い鬚の中に、赤く 膿 ( うみ )を持った 面皰 ( にきび )のある頬である。 下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を 括 ( くく )っていた。 それが、梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。 これは、その濁った、黄いろい光が、隅々に 蜘蛛 ( くも )の巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。 この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。 下人は、 守宮 ( やもり )のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。 そうして体を出来るだけ、 平 ( たいら )にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を 覗 ( のぞ )いて見た。 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの 死骸 ( しがい )が、無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。 ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。 勿論、中には女も男もまじっているらしい。 そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を 捏 ( こ )ねて造った人形のように、口を 開 ( あ )いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。 しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に 唖 ( おし )の如く黙っていた。 下人 ( げにん )は、それらの死骸の 腐爛 ( ふらん )した臭気に思わず、鼻を 掩 ( おお )った。 しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。 ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。 下人の眼は、その時、はじめてその死骸の中に 蹲 ( うずくま )っている人間を見た。 檜皮色 ( ひわだいろ )の着物を着た、背の低い、 痩 ( や )せた、 白髪頭 ( しらがあたま )の、猿のような老婆である。 その老婆は、右の手に火をともした松の 木片 ( きぎれ )を持って、その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。 髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。 下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、 暫時 ( ざんじ )は 呼吸 ( いき )をするのさえ忘れていた。 旧記の記者の語を借りれば、「 頭身 ( とうしん )の毛も太る」ように感じたのである。 すると老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子の 虱 ( しらみ )をとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。 髪は手に従って抜けるらしい。 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。 そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。 むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。 この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、 饑死 ( うえじに )をするか 盗人 ( ぬすびと )になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。 それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の 木片 ( きぎれ )のように、勢いよく燃え上り出していたのである。 下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。 従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。 しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。 勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。 そうして 聖柄 ( ひじりづか )の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。 老婆が驚いたのは云うまでもない。 老婆は、一目下人を見ると、まるで 弩 ( いしゆみ )にでも 弾 ( はじ )かれたように、飛び上った。 「おのれ、どこへ行く。 」 下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を 塞 ( ふさ )いで、こう 罵 ( ののし )った。 老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。 下人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。 二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。 しかし勝敗は、はじめからわかっている。 下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへ ( ね )じ倒した。 丁度、 鶏 ( にわとり )の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。 「何をしていた。 云わぬと、これだぞよ。 」 下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の 鞘 ( さや )を払って、白い 鋼 ( はがね )の色をその眼の前へつきつけた。 けれども、老婆は黙っている。 両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、 眼球 ( めだま )が ( まぶた )の外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように 執拗 ( しゅうね )く黙っている。 これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。 そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。 後 ( あと )に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。 そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。 「 己 ( おれ )は 検非違使 ( けびいし )の庁の役人などではない。 今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。 だからお前に 縄 ( なわ )をかけて、どうしようと云うような事はない。 ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。 」 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。 ( まぶた )の赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。 それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。 細い喉で、尖った 喉仏 ( のどぼとけ )の動いているのが見える。 その時、その喉から、 鴉 ( からす )の啼くような声が、 喘 ( あえ )ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。 「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、 鬘 ( かずら )にしようと思うたのじゃ。 」 下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。 そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな 侮蔑 ( ぶべつ )と一しょに、心の中へはいって来た。 すると、その 気色 ( けしき )が、先方へも通じたのであろう。 老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、 蟇 ( ひき )のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。 「成程な、 死人 ( しびと )の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。 じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。 現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を 四寸 ( しすん )ばかりずつに切って干したのを、 干魚 ( ほしうお )だと云うて、 太刀帯 ( たてわき )の陣へ売りに 往 ( い )んだわ。 疫病 ( えやみ )にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。 それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず 菜料 ( さいりよう )に買っていたそうな。 わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。 せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。 されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。 これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。 じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。 」 老婆は、大体こんな意味の事を云った。 下人は、太刀を 鞘 ( さや )におさめて、その太刀の 柄 ( つか )を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。 勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな 面皰 ( にきび )を気にしながら、聞いているのである。 しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。 それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。 そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。 下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。 その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。 「きっと、そうか。 」 老婆の話が 完 ( おわ )ると、下人は 嘲 ( あざけ )るような声で念を押した。 そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を 面皰 ( にきび )から離して、老婆の 襟上 ( えりがみ )をつかみながら、噛みつくようにこう云った。 「では、 己 ( おれ )が 引剥 ( ひはぎ )をしようと恨むまいな。 己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。 」 下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。 それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。 梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。 下人は、剥ぎとった 檜皮色 ( ひわだいろ )の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。 老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。 そうして、そこから、短い 白髪 ( しらが )を 倒 ( さかさま )にして、門の下を覗きこんだ。 外には、ただ、 黒洞々 ( こくとうとう )たる夜があるばかりである。 下人の 行方 ( ゆくえ )は、誰も知らない。

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